|
「母が大震災で九死に一生を」
(添付の動画は昨年3月11日以前の陸前高田の模様が映し出されています) 黒柳< びっくりしましたが、あなた陸前高田のご出身だったんですね。
千< そうなんです。人口の1割近い人が犠牲になりまして。知っている人だけで何十人と一度に・・・ 黒柳< その陸前高田にお母様がお住まいで 千< 42〜3年東京に住んでいたんですけど、まもなく90歳という時に、自分の故郷で一生を終わりたいというので、一昨年の5月13日に故郷に帰りまして、 その10カ月後に津波に遭いました。 黒柳< その時は、お兄様夫婦と一緒に住んでおられたんですね。 千< そうです、(昨年の3月11日)兄夫婦が気仙沼のホームセンターに買い物に行ってまして、おふくろは1人で家にいました。 甥っ子がホテルに勤めてまして、地震が来た時に、これは普通の地震じゃないと感じ、お婆ちゃんが一人で家にいるはずだから、家の中からお婆ちゃんを外に出さないといけないと思って、庭に連れ出しました。その時は津波の事は考えてません。 そして、兄夫婦もおふくろが心配になり、気仙沼から急いで高田へ向かいました。 今考えると、その時は津波が来ている所に、津波と車で並走しているような状況でした。 高田に入って、市街地に行く道と、山側を通る迂回路の二つしかなくて、市街地に通じる道は、逃げる人の車で混んでましたので、たまたま山側の左の道を通っていくと、家の庭で車に乗るおふくろを見つけた時、もう津波がそこまで来ていました。 だあーっと高台に(母を)連れていきました。 そのすぐ後には、もうその場所は一面津波で・・・ もう5分でも遅れたらと思うと。 津波は家の天井まできて、家に車がダーンと突っ込んでました。 うちでは、直接人的被害は無かったので、そういう意味では・・・ 黒柳< その時は(千さんは)東京にいらっしゃって、そういうことが分からなかったんですね。 千< そうです、ご存知のように、まったく向こう(陸前高田)とは連絡をとる方法が無いので、テレビで一方的に流れるくる(情報)を見て、僕はたぶんだめだなと思いました。「悪いけど、あんたの実家もすごいことになってる、お母さん達がどうなったかまでは分からないけど、とにかく無事でいることを祈るよ」 くらいのことが、断片的に入ってくるんですよ。 黒柳< お母様は現在91歳。本当に良かったですが、亡くなった方が沢山いらっしゃるから、あなたも(良かった)とは仰らないけど・・・ 千< 隣りの友達も死んだし、特に市役所に勤めている人は、最後まで市民のことを守らなきゃいけないということで・・・、ん〜ん・・・みんな逃げ遅れて・・・ 黒柳< 考えてもみなかったでしょ、あんな所まで津波が来るなんて。 千< いやいやいや・・もう、まったくね。 過去にそういう津波が来たという言い伝えも無かったし・・・(津波が)海から7〜8km奥まで来るんですよ。 しかも、海なんて、昔は歩いて行ったら1時間から1時間半はかかる距離ですから、感覚的に津波が自分の家まで来るなんて、まずうちの町の人達は誰も思ってない・・・。 黒柳< かつて、デビューなさって陸前高田で凱旋コンサートをなさったんですね。 千< そうですね、まあ、故郷のみんながね、当時は歌手になったというだけで有名になって、でも、歌がヒットもしないで、どうなったんだ、あそこの息子は、と言われてたんですが、「星影のワルツ」がヒットして(高田)に行ったら、町中の人が集まってですね、あの時はやったあという気分でした。 黒柳< いろいろありましたが、とにかく命あっての物種で、お母様は一旦東京に戻って そして今はまた陸前高田に戻られて、お元気だそうで。 沢山の方が亡くなったので、うちは良かったとは仰れないと思いますけども。 http://www.youtube.com/watch?v=H-LQEo75tjE&feature=relate |
要談「陸前高田市」
[ リスト ]




高田に行った時、海辺に白いホテルが一軒ぽつんと目立って、友人が千昌夫のホテルだと言って、よく見たら看板に「1000」と。
津波の映像で、その建物が波の中に見えたり、水が引いた惨状の中で、以前よりもっとぽつんと見えた時は愕然としましたね。。。
友人が「高田から出た有名人は千昌夫しかいない。」と言ってました。
郷土の誇りだっと思います。
北国の春は、青森の事を唄った曲ですが、東北全体の家族の温もりが伝わってきて、千さんだからこそ唄える曲だと思ってましたね。。。
2012/11/8(木) 午後 8:37
Likaママ
「キャピタルホテル1000」ですね、オーナーが千さんのようです。
7月に高田に行った時に、近くまで行きました。
解体が始まり、高台移転で建設が始まるようです。
資本は財閥などですが。
大震災前は、さぞ松原と海と美しく見えただろうと思いました。
俳優の村上弘明さんも、陸前高田の出身で、実家が被災されたようです。
「東北全体の家族の温もりが伝わってきて」今あらためて聴くと、そう思います。
大震災が起こるまで、陸前高田という名前も知らないほど
東北に対して、知識も少なかったことを恥じてます。
また東北弁が、いいんだべちゃ。
2012/11/9(金) 午前 0:56
春光さん、こんにちは。
陸前高田はウチの故郷の隣町。
思い出もたくさんあるし、震災後もたびたび通るので思い入れもあります。
いつも通る道の崖の上にある泉増寺から撮った映像を見た時には、あまりの恐ろしさに体が硬直しました。
海から3キロほど離れているのに、どうどうと荒れ狂う波が押し寄せて
見慣れた街並みが完全に海になっているんですよ。。
千のお母さまが助かったのは奇跡的でしたね。
TBさせていただいていいですか?
2012/11/10(土) 午後 6:18 [ 麻巣 ]
ますピーさん
こんにちは。いつもありがとうございます。
昨年、陸前高田に入った時は、言葉になりませんでした。
バスから降りて、自分が今足で踏んでいるところが
土なのか、コンクリートなのか分からない、人々の生活を踏みしめて
歩かねばならなかったのは、辛いことでした。
今日、旧市役所や市民会館の解体前のお別れ式がありましたね。
高田の市街地から、震災前の建物がすべて無くなることになります。
市民の方々には、様々な思いがあることでしょうね。
私たち関西人は、風化をせき止めるべく、情報発信を続けます。
明日は月命日。
2012/11/10(土) 午後 11:33