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先週、23日(祝)に大阪市の長居公園で開催された「被災障がい者支援」のイベントで なんとか避難所に行けたが、身体に障がいがあるために、周りに迷惑をかけていると後ろめたい気持ちが湧く。
ある時、大阪の福祉会館で避難生活ができると教えてもらい 色んな方にお世話になりながら、神戸を離れてデイサービスセンターの仲間と共に大阪へ移った。 そこには、100人、200人と大勢のボランティアさんが、全国から来てくださっている。 様々な地域から、ボランティアとして来て下さり大変ありがたいと思うと同時に、障がい者が新しい人、100人200人とつきあうのは、それはそれで大変なこと。 ボランティアの人に、自分の介護方法を一から教えないといけない。 教えたと思ったら、一週間後には地元に帰られて、また他の新しい方に一から自分の介護方法を教えないといけない。 その繰り返して、仲間と「しんどいなあ」と話したこともあった。 ただ、24時間ボランティアの方が付ききりでいてくれて、初めて親から自立して生活できた、という体験もした。 その福祉会館では2ヶ月過ごし、神戸のライフラインや道路の整備なども進み 神戸に帰ることができ、デイサービスの仲間と新しい生活を始めたが 復旧した神戸の街並みも変わってしまい、普段使っている電動車いすでは動けない状態で、道がでこぼこして手動の車いすを使うのがやっとだった。 しかし、そこでもボランティアの方がおられて、その人達の力も借りながら、地域で生きて行くんだと踏ん張って、1年2年と過ごした。 そのボランティアさんも、自分の仕事などもあり、地元に帰らざるえなくなり、残された私たちで、これからやっていけるのかと不安になったり、ボランティアさんに対して恨んでしまったこともある。 色々な「ギャップ」や複雑な心境と葛藤しつつ、神戸の復興と共に仲間でがんばった。 震災の後は、駅ではエレベーターが付くようになった。 それは私たちには非常に大きなことだった。 それまでは、電動車いすでは電車に乗り難かったが、私たちに限らずベビーカーの親子や、おじいちゃん、おばあちゃんなど、あらゆる人にとってバリアフリーの町はいいことだ。 でこぼこ道も無くなり、うれしいギャップ、ボランティアさんが地元に帰ってしまうギャップなど、さまざまな17年間だった。 東北の障がい者の方たちも、今が本当に辛い時期だと思う。 私たちも17年前は本当に辛く、もう駄目じゃないかと思う事もあったが、みんなで力を合わせて、地域で生きいこうとしてきた、これが大事だと実感している。 とにかく力を合わせていくことだと訴えたい。』 陸前高田市の戸羽市長が、アメリカ滞在体験を踏まえて、 障がい者も、高齢者も自由に町に出歩き、町の中心的役割も果たしている姿を見て 陸前高田市をノーマライゼーションという言葉が自体が無くなる、住民が世界に誇れる町にすると、講演されておられたのを思い出します。 |
要談 「震災関連 神戸・東北」
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桃香が前々から、おかしいと疑問に思っている事があります。
今の福祉のあり方というのは。。。発想自体からして、おかしいと思います。
経済的に余裕があるから、少しは社会的弱者に恵んでやろうと、、いうような発想が国民や政治家、官僚、行政に有ると思います。
だから、財政が厳しくなってくると、福祉を削るという事になるのだと思います。
この女性の話からも分かる事は、やはりこの点だと思います。
国、行政は、障がい者が安心して自立できる社会を作って行くのが本来の福祉だと思うのです。
多くのボランティアたち。。それぞれに仕事や立場が異なります。
その善意から活動されている方に対しても恨んでしまった事もあると・・
それこそ、国や行政の怠慢です。景気後退で多くの失業者がいるのにも関わらず、何故にその人材を活用しないのか?
被災した障がい者の介護には、仕事を失った人や求職者などを臨時でも、良いから雇用し障がい者を安心させるようにするとか、復興の為の事業を仕事を失った人を投入していくという方法。
2012/11/30(金) 午前 5:18
そのような制度をつくり、より良い制度にしていくために、試行錯誤しながらでも実践し、議論を重ねていくのが官僚であり、政治家の仕事であると思いますし、これが本来の福祉のあり方だと私は思います。福祉にお金がかかるから増税とか、財源が足りないから、福祉予算をカットするとか。。ではなくて、社会的弱者が安心して自立できるような社会、福祉にお金がかからない様な社会にするのが、本当の福祉と桃香は思うのです。
桃香苺ミルクo(^-^)o
2012/11/30(金) 午前 5:20
桃香さん
>経済的に余裕があるから、少しは社会的弱者に恵んでやろうと
同感です。この上から目線ですよね。
東日本大震災の復興の状況を見ても、同じことが言えます。
まだまだ政治に対しても、「なにかしてもらう」という
下から見上げさせられている感覚が、抜けない所にも問題があるかもしれないです。
身体に障がいがある人への介助の仕方も、常識的に一般化するのが理想ですね。
そうすれば一時仕事を失った人への雇用もしやすいですし
ノーマライゼーションやボランティアなどという言葉自体の意味も薄れて
常識化していければ、この日本も変わるでしょうね。
最近政治の事を書かなくなりましたが
昨年、今年とボランティアに行かせていただき、感じてきたのは
この上から変えるのではなく、草の根の連帯を築くことが
社会を変えていけると感じはじめました。
政治は重要です、無視はしませんが
同苦して、共感した人が歩みよって、協働を始める
そうした心の絆の連帯が、社会に張り巡らされた時に
日本は良い国になると思います。
2012/11/30(金) 午前 11:27