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あの日から1年10カ月の気仙沼市鹿折(ししおり)地区は雪。
写真は田園風景ではありません。
もとは住宅密集地、雪の下は未だに残る、住宅の基礎。
(2枚目の写真の左端に、第18共徳丸が見えます)
すでに訪れる人も、復興マルシェの売り上げも激減し
復興商店街・マルシェが開店して、1年も満たないうちに、厳しい現実と向き合ってます。
助成金で活動してきたボランティアも去っていきます。
11月、復興マルシェの方が仰いました。
「1年8カ月経って、やっと涙がでました。泣く事すら忘れていました。」
また先日、希望の飲むヨーグルトの販売で気仙沼に
バッティングセンターを建てようと奮闘されている方も
「もう、気力も体力も、財力も尽きた」
ともらしてました。
阪神淡路大震災の時も、3年目から大変厳しい状況になりました。
昨年の夏に、1年ぶりに東北へ行った時
何も変わっていないことに、大きな衝撃を受けました。
これからが本当の戦いのようです。
原発事故においては、さらに長い戦いが待ってます。
昨年の後半は南相馬に何度も行きました。
福島のガレキの撤去率はまだ50%です。
何かしてあげる、救ってあげる
のではなく
「共に生きる」
これではないかと思うようになりました。
同苦・共感から協働の連帯が鍵かもしれません。
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要談「気仙沼市」
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