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陸前高田市、7万本の高田松原のうち、巨大津波の被害から一本だけ残った松が
枯死のためレプリカとして半年ぶりに、元の場所に帰り
今日の午後3時6分枝部の取り付けが終わり、以前の姿を取り戻しました。
かつての松原は、海からの「やませ」冷たい風を松林がさえぎることで
市内の人々を暮らしやすい環境に保ってました。
岩手県内で最大の津波被害を受け、住民の7割が被災し
子供のころから松原や海岸に慣れ親しんできた市民の方々も 仕事も家も無い中、松どころではないという現状。
松原を守る会も複雑な心境の中、できる人だけで
松原復活への活動を続けておられます。
また、半年前に、一本松が撤去された時に
「無くなってホッとした」と語った方もいるこを、忘れないでいたいと思います。
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要談「陸前高田市」
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切る時は悲しくて、本当に上手くいくんだろうかと思いましたが
こうやって実現して、地元の方々には新たな活力を与えてくださることでしょう。
私は、松林は昔の方々が津波被害を少しでも軽くして、子々孫々を守ってくれるようにと植えたと聞いてました。
確かに、太平洋からも風が強いですからね。
また、植林されて、未来にあの美しい浜が蘇って欲しいですね。
2013/3/6(水) 午後 7:41
去年、一本松が伐られた日に、ちょうどここを往復したので、
ビフォー&アフターを見ました。
この復活プロジェクト、私はあまり賛同していません。
もちろん、かつての風光明媚な高田松原で海水浴やキャンプも楽しみました。
でも一本だけ残った松も結局、枯れてしまったので、現在、種から苗木を育てています。
松原の再生は植樹をするしかないですね。
何億という寄付を募って枯れた一本松のレプリカを作ったのは、結局は
観光客の誘致のためでしかないように思えます。
地元の人でも枯れた松よりも町の復興の方に力を入れるべきという意見が多く、
皆が賛同していたわけではないようです。
これも住民の声を無視した見切り発車かと思うとウンザリです。。
2013/3/6(水) 午後 8:53 [ 麻巣 ]
Likaさん
一昨年、ボランティアで陸前高田に行った時と、昨年、支援観光で高田に行った時と、この松の見え方が違ったのを覚えています。
大震災まで陸前高田という地名も知らなかったし、被災した高田の町と、たった一本の松の木しか知らないので
ピンとこないのが正直な感情です。
でも、この松をみて活力にしたり、負けないぞと心の支えにしている人がいるのも確かですね。
現地では、一本残ってくれたことが、家族も何もかも無くした方には
本当にそこに立っていてくれるのが、支えになっていると感じました。
でも、その反対の方もいるこを知って、それも忘れてはいけないと、思いました。
2013/3/7(木) 午前 5:27
まずピーさん
昨年の9月まで、高田の方や、その周辺の地域の方にとって
特に何もかも失った方にとって、せめて一本の松にがんばってほしいと
希望を託されていると思っていました。
現地でもそういう声ばかり耳にしていました。
でも、伐採された時に、「あれが無くなってホッとしたよ」
と言う声を聞いて、ハッとしました。
ますピーさんの仰ることが、私なりに理解できる気がしますが
本当の意味では理解できていないと思います。
他の建物のほとんどが解体されていく中、この松があるから陸前高田に足を運ぼうと思う人がいるのも事実だと思います。
ただ税金は投入せず、震災宛の義捐金も使わず、フェイスブックのワンクリックのドネーションで寄付を募ったということですので
戸羽市長もそこを苦慮しておられました。
2013/3/7(木) 午前 5:34