|
発災から2年が過ぎて、やっと来ることができました。
当初の予定では無理と言われてましたが、無理を聞いていただけました。
今まで写真で見てきたのと違い、周辺は整備されていましたが
大型トラックが常に行き交い、強い風にあおられて土ぼこりが舞ってました。
必要な工事がなされているとは思いますが、もう少し静かな環境にしてあげてほしいと思いました。
ここで写真を撮ることに抵抗がありましたが、私の周りには「大川小学校」と言っても
名前すら知らない人が、未だに大勢いるので、その人たちに伝えるために撮らせていただきました。
車から降りて、真っ先に祭壇に向かいましたが、なぜか近寄りがたい空気を感じました。
決して悪い意味ではなく、ここであったことを今まで学んできて、その事態の重大さが一気に心に押し寄せてきました。
前日に大川小に行けそうだと分かり、小銭を使わないようにして、わずかばかりですがお皿に置かせていただき
たまたま後ろにいた人が、何のお金か聞いてきたので、説明をさせていただくと、顔を真っ赤にしながら
「私も協力させていただきます」とお金を置かれ、次の方にさらに説明されていました。
今も行方が分からない4人の生徒さんが、1日も早く家族の元に戻ることを祈るばかりです。
|
要談「大川小学校」
[ リスト ]



ありがとうございます。
転載をさせて戴きました。
私も「はるかのひまわりプロジェクト」で地元の小学校を訪れて大川小学校の名前を出しましたが、ご存知ないようでした。
現実はそうなんですね。
有難うございました。 (nya〜)
2013/4/26(金) 午前 10:06 [ サポートネットワーク☆空 ]
サポ☆空さん
こちらこそ、ありがとうございました。
忘れるという前に、知られていないという現実がありますね。
私は知ってもらうべきことと思ってますので
これからも伝えさせていただきます。
2013/4/26(金) 午前 10:12
あれだけの出来事を知らないの?
と知っている私たちは思いますが、確かに、私の周りでも知らない方のほうが多いです。
今だからこそ、もっと知ってもらうことが大切なのですよね。
2013/4/26(金) 午後 9:01 [ tetsumama ]
大川小学校ー
周辺がかなり整地?されてる様子
早く、行方不明の皆さまの
発見を願うばかりです!
2013/4/26(金) 午後 10:49 [ カツどんどん ]
大川小学校・・・祭壇に向かって手を合わせ、背後の山を見上げるだけで精いっぱい・・・・結局カメラを出すことすらできませんでした。。
後日、被災前の航空写真に、学校周囲にたくさんの家が固まって建っていたのを見て唖然としました。
未だ不明の子どもたちが、家族の元へ戻ってきますように。
そして事故究明のほうも、しっかりとしてもらいたいです。
2013/4/27(土) 午前 0:55
この地域は震災前県外になんて名前すら知らない人の方が多かったと思います。震災にあいこんな小さな町の小さな学校は知らない人がいないと言う位全国に知れ渡ったことと思いましたが、やはり知らない人もいるでしょうね。震災は知っていても、沢山の場所が被害にあいましたから、現地を見た方々が自分の感じた気持ちを知らない方々に伝えて下さればそこで知ったとしても、話が伝わり広がるだけでも、違うと思いました。
ありがとうございました。
2013/4/27(土) 午前 1:02 [ すいか ]
tetsumamaさん
東日本大震災のニュースに接していると、必ず大川小学校のことに触れると思うのですが、どうでしょうね。
知ってるから良いとか、知らないから悪いということでもないですが。
津波常襲地の悲劇性というものを、私たちはもっと心に刻みつけるべきではないかと、思います。
2013/4/27(土) 午前 2:02
カツどんどんのお父さん
私も今まで見てきた写真のイメージでしたので
かなり整備されている印象を持ちました。
沿岸部には2600人以上の方が、今も行方不明とのこと。
来週大阪のボランティアグループが、閖上浜に捜索に行きます。
2013/4/27(土) 午前 2:10
オーパスさん
そのお気持ち分かる気がします。
私もためらいました。
一昨年は、どこに行っても写真は撮りませんでしたが
昨年から伝えるために、撮り始めました。
私の周りは、大震災の事を知らない人が、あまりにも多すぎると感じています。
最近も「被災地に行きたいけど、どこかお勧めはありますか?」と聞かれました・・・
2013/4/27(土) 午前 2:16
すいかさん
私は大震災がおこるまで、東北地方に行ったことがなく
石巻の地名は知っていても、大川小学校などの名前は全くしりませんでした。
偉そうなことを言える人間ではないですが
私が伝える意味の一つに、悲しい体験をした人、苦しい立場にある人への眼差しを忘れてはいけないのではないか、ということがあります。
福島の南相馬にも何度か行きましたが、福島も大変です。
なにもできなくとも
生きていくうえで苦労を共にする心、
その心だけでも持って生きていきたい、というのが根底にあります。
誰もが他人事ではないはずと思っています。
2013/4/27(土) 午前 2:35