|
2年前の3月11日、巨大津波の被害を受けた地域は、北海道と青森県から千葉県までの
主な市町村だけでも約60。
山と山の合間の集落を一つ一つ数えると、その数倍とも。
その内のわずかしか知りませんが、抱えている問題の中には共通点もあるように感じます。
▼災害復興というと、すぐに土木政策ばかりが注目されがちで、
復興特需、復興資本主義という概念もあるようですが
地域社会が再生されるためには、生業、伝統文化などなど、旧来の在り方が問われている面もあり
将来へ残し、引き継いでいくべきもの、それをどのように再発見していくか
形の無いものも含めて、その地域が持っていた価値を見出していき、全体化していく作業も重要で
それらが進められている地域と、停滞している地域もあるように感じます。
問題解決に行き詰ったら、個人なら原点に戻ることも一つですが
社会の問題も新しいことを模索するより、昔に戻って学ぶことも大事と思います。
「江戸しぐさ」など、佳き社会、佳き時代をつくった、佳きルールというのはありました。
また復興も、家と工場や会社があるのが復興ではなく
学校、病院、カラオケルームやバーやスナック、スポーツ施設や娯楽施設やお店なども必要です。
しかし小さい集落の復興は、さらに深刻な問題が一番早くおそってきています。
雄勝半島や女川では、石巻との関係、女川では原発の問題もあり、宮城県の中で最も大変な地域の一つです。
●東北の太平洋沿岸部は漁師町が多く、今までライバルだった人たちが団結して立ち上がろうしている地区
逆に、それゆえになかなか団結できないでいる地区もあるようです。
土木政策が進まない状況に、自治体や政治に対して、不満をぶつけてしまいがちで
それは決して間違いではなく、どんどん声をあげるべきことですが
政治にできることも限界があります。
そこで住民と行政の関係性の変革、といったものが問われてくると思います。
自治体の力では解決できないような問題が山積しています。
理想を言えば、住民が主体的に町の将来について、考えていければいいのですが
自治体と対立するのではなく、補完し協力できるところは協力できれば、前進も早いと思われます。
しかし、その場合リーダー格になるのを避けたいと考える人が多かったり
目立つ人がバッシングされやすい、という事態も起こっています。
もともと、地域力があるのに、住民のコミュニケーション不足が、復興の遅れの一因となっている場合もあります
しかし、一つの町だったのが、数十ヶ所の仮設住宅にバラバラになっている現状から、コミュニケーション不足に陥りやすい面もあります。
また原発立地周辺地域の現状は、ある意味では住民の主体性は奪われてきた歴史もあるのだと思います。
●それらを含めて、色々なことを踏まえて、過去の大震災などで復興が早かったケースの共通点として
デモや社会的抗議行動、選挙の投票率の高い地域、というデータがあります。
そして、これはなにも災害被災地に限った話しではなく
私たちが住む地域、日本全体の問題として共有すべき問題だと、感じます。
人口流出、超高齢少子社会、生産性人口の減少、空き家率の向上・・・
風化を食い止めたり、意識を持ってもらうためにお祭りも大事ですが、
イベントが終わったら被災者は厳しい現実に引き戻され
支援した方だけ満足に浸る、
ということだけでは、なにも現状は変わらないことに
もうそろそろ気づいてもいいのではないかと思います。
今もなお家族が行方不明の方々がおられ、復興といっても、スタート地点にも立てない方
頑張ろうとした時、育った家や町の原風景が無いということに、力が出しにくかったり
岩に爪をたてる思いで、踏ん張っておられる方がほとんどでした。
沿岸部の方々と向きあうのではなく、同じ方向を見れるようになりたいです。
そのためにはもっと足を運んで、大胆に行動していきたいです。
なかなか行けませんけど・・・
でも行動の中に知恵が生まれますからね。
前にも書きましたが、個人的にどこでもかんでも、高台移転で本当に良いのか?と思ってます。
神戸の長田では、災害に強い町にと、作り変えたら、元の住民の7割は戻ってきませんでした。
「元の屋敷を見棄てて高みへ上った者は、其故にもうよほど以前から後悔をして居る。 復興とは、ヒューマンファーストである、デモや社会的抗議行動の多いところのほうが、復興が早いという 「いよいよ明日から教壇に立つという日に、街は大型ハリケーンのカトリーナに襲われたのです」 |
要談 「震災関連 神戸・東北」
[ リスト ]



