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分かったような、えらそうなタイトルですみません
東日本大震災・東京電力原発事故の発生から26ヶ月以上、800日が過ぎました。
阪神淡路大震災の時も、2年目、3年目から大変な時期をむかえ
18年以上経ても、借り上げ住宅の問題、災害に強い町づくりによって元の住民の7割が戻らなかったり
お金をかけた復興によって、大きな負担が今ものしかかっていたり、現実は様々。
自助強要を強いられ、辛酸をなめてきた方も大勢います。
少子・高齢、独居世帯・高齢世帯の増加、人口の流出、一極集中など
社会でおきる問題が、災害被災地域には加速しておそってきます。
そして、「差別」もおそいます。
東京電力原発事故被災者への差別も、増加してきています。
福島県をわざわざ「FUKUSHIMA」「フクシマ」と表記するのも、どうかと思いますが
先日、福島県いわき市々役所の玄関柱に「被災者 帰れ」の落書きがされました。
また、仮設住宅の住民所有の車のガラスが割られる事件も増加
東京のある集合住宅では、元から住んでいる住民と避難者との摩擦も、直接聞いています。
“被災者”の中にも、いろんな方がおられます。まれに横柄な人もいます。
しかし、その背景にあるのは、打ち込める仕事が無かったり、家や町に帰れない寂しさ、先行きの不安があります。
今年に入って、福島県内の仮設住宅で傾聴をさせていただきましたが、耳触りのよい話しなど一つもありませんでした。
その仮設住宅でさえ、メーカーによって、粗悪なものから、善意を感じるものまで、差別があります。
除染ボランティアも2度させていただきましたが、除染をとりまく問題も結局、利害で語られてしまいます。
除染に○暴が群がり、給料のピンハネの問題などもありましたが、チェックが甘いと批判もでます。
でもチェックは不可能と思います、だから野放しでいいのかという話ではなく
ひどいなあ、許せないなあ で終わるのではなく
これが原発、原発事故ということですね。
だれも、どこも、きちっと収束させ、コントロールなどできません。
広島、長崎に原爆が投下された後、被爆者に対する差別も横行し、被害者が肩身の狭い人生を歩まねばなりませんでした。
しかし、一番の問題は、「無関心」ではないかと思います。
※写真は今年の2月、南相馬市小高区内で
2011年3月11日のままの日めくりカレンダー
2011年3月11日のままの小高駅駐輪場・民家
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要談 「震災関連 神戸・東北」
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無関心 私も共感します。
今日、ちょっと本屋さんに立ち寄ったのですが、福島関連、原発についての本が1冊もありませんでした。(田舎だからかもしれませんが)
置いてあるのは趣味や売り上げのとれそうな小説ばかりです。
東北についての本もありません。
それを見て、無関心になってしまうのも仕方ないのかな〜と切なくなりました。
2013/5/24(金) 午後 5:19
地が揺れると 我が家族の事を 阪神大震災の光景が 最初に頭に浮かびますでしょうね
海岸沿いにお住いの方は 莫大な高さの津波が起きた事を
原子力関連地域にお住いの方は 真っ先に 東北地域の事を思い出すでしょう
そこそこに加齢線下降気味の私め。。。お一人さまとしての 迷惑をかけない事を 強度な耐震化を目指すでしょう
ただ違うのは 生活。文明の輝かしいエネルギーと言われた原発を
某新聞記事にて
消費エネルギーが 今後増えると予想されるから、原発を増やそうと考えてる お国も現れていること
これって 大儀な意味で 無関心・喉元過ぎれば熱さを忘れる・・・
という 不可思議な感が ありました
2013/5/24(金) 午後 7:13
廃棄物処理と核燃サイクルのからくりもありますけど、立地自治体の産業構造の転換が重要課題だと思います。原発の停止状態を受けて、地元の自営業者さんはどこも大きな打撃を受けています。これでは再稼働を望む声が上がっても無理はありません。
某県知事は、原発の稼働を要望する一方で、発電は引き受けたが、廃棄物まで引き受けたつもりはない。廃棄物の仮置き施設を電力消費地にもつくるべきだ、とも言っています。
だれもほしくないものを、これ以上あとの世代に遺してはいけないと思うのです。
今日は県外避難者の方と交流する会に出席してきました。
人はそれぞれの立場で、いろいろ思うものですね。
2013/5/25(土) 午前 1:30
にゃぁさん
大きな書店でも、なかなか見られないですね。
おどろおどろしいタイトルのものは見かけますが
○マゾンだと、沢山みつけられます・・・
昨日も南相馬のボランティア仲間さんと話をしていましたが
大阪で生活していると、リアリティが無いなあと。
私が南相馬市小高区のボランティアに何度も行っている理由の一つに
ボランティアが入れる原発に一番近い場所ということもあります。
そこに行って、空気を感じ、人と話して、そして原発を語りたいとおもったんです。
2013/5/25(土) 午後 2:31
昌子さん
先月に、朝の5時半に震度6の地震があり、阪神淡路大震災を彷彿としました。
この18年、自分の生活は災害に備える意識はまったく途絶えていません。
部屋のレイアウト、風呂水、出かけ先に持っていくもの
どんな旅行にもリュックで行ったり、確実に変わりました。
しかし、原発事故はまったく違うものですね。
日本は原発を海外に売り出しています。
あれだけのことが今も進行していても、核の拡散をしている罪は大きすぎますね。
2013/5/25(土) 午後 2:37
オーパスさん
立地自治体、仰るとおりで、だから再稼働・・・という発想の転換、政策の転換にならない・・・
これが、「原発」ということですね。
私も先月、避難者の方の話を伺いました。
これまで南相馬や郡山、二本松でも色々と伺いましたし、大阪に避難されている方とも、昨年お話を聞かせていただいて
私も、それぞれだなあ、と思うことばかりです。
でも、どこか他人事と思っている自分がありました。
2013/5/25(土) 午後 2:43