|
お盆があけたら、共徳丸は解体が進められるとのことですが、今回訪れた時、何度も見ている共徳丸が、枯れたように見えて、早く解体した方がいいなあと、感じました。
疲れきって、力も残ってないのに、必死で頑張ってる人に、早く横になって休んで、と言葉をかけたくなるような、そんな心境が色褪せていく共徳丸を見て芽生えました。 私は気仙沼市民じゃないし、被災したわけではないですが、共徳丸が解体されてやっと気仙沼の復旧が終わり、地に足をつけた復興が始まるんじゃないか、そう思いました。 共徳丸は遠洋漁業の積荷を乗せてくる船で、甲板は木製で船体も強くなく、持ってもあと20年ほど。 津波を後世に伝えるまで、もたないでしょう。 またこの日、船主の前で若い姉妹がピースサインで記念撮影、シャッターをきるのは母親と思しき人、その光景を見ました。 この日はお盆です。 新しく造船された共徳丸も操業するようです。 共徳丸を見たくも無い人にとっては、長い二年半だったことでしょう。 |
要談「気仙沼市」
[ リスト ]




同感です。。
最後の写真はありし日の共徳丸の勇姿でしょうか??
船は洋上で活躍しているのが本分。
観光客集めに保存したいというのは、家族の遺体を研究のためにホルマリン漬けにして
さらしているのと同じではないかと思うようになりましたね。
高田の一本松も本物に似せて造ったのでしょうが、遠目に見ても
「あっ、小さい」ってわかります。ホントに必要だったのかな?…
2013/8/19(月) 午前 11:22 [ 麻巣 ]
ますピーさん
自分もかつては、もう少し残した方がいいかな、と思ってましたが、今回見た時、解体した方が良いと、自然に思いました。
なんか痛々しい気さえしました。
最後の写真は、洋上の共徳丸です。
さかなの駅に写真がありました。
高田の松も、葉が違いますね、
もう一つ、残った葉が無い一本松がありましたが、今回行ったら撤去されてました。
観に来てるのは、市外か県外の『観光客』ばかりでした。
絆とか、繋がりとかの影で
しっくりこないことも多いです。
2013/8/19(月) 午後 1:04
もともとあった風景は残してほしいと思いますが、共徳丸はそこにあるべきものではないですからね・・・。いずれは朽ち果てるものですし、保存するのであれば部分的にとか、写真を残すとか、方法も色々あるかと。
こういう場所には、追悼の気持ちを持って訪問してほしいと思うのが正直な気持ちです。
2013/8/19(月) 午後 1:40 [ つばき ]
つばきさん
仰ること、ストレートに伝わります。
半年前なら受け止め方も違ってたかもしれません。
津波の脅威を伝える方法は他にもありますし、 共徳丸がそこにあるべきものでない、との言葉が今とても理解できます。
同じ場所に何度訪ねても、その度に感じ方が変わるということも、大切な経験の一つとなりました。
2013/8/19(月) 午後 2:36
春光さんはご存知かと思いますが、共徳丸の下に ぺっちゃんこになった車が下敷きになってますよね??

早く出してあげて欲しいと思いました
いろんな部分が錆びてきていて、危ない感じがしてましたね。
2013/8/20(火) 午前 0:13 [ 鶴姫 ]
鶴姫さん
はい、今回も初めて共徳丸を見た方から、あの車が強い印象に残ったと口々に話してましたよ。
自分も初めて見た時に、同じように出してあげたいと思いましたし、また、書き辛い違うことも考えました。
記事中にも書きましたが、本当に疲れきったような表情をしているように、見えました。
口出しする立場にないですが、もう役目は十分果たしたとおもいます。
2013/8/20(火) 午前 0:26