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二年前の大津波で壊滅した、唐桑の牡蠣養殖いかだ。
絶望の淵に立たされた時、三陸の牡蠣を絶やさないでくれ!と手を差し伸べたのは、それまでライバル関係にあった広島の牡蠣業者でした。 1500km近い距離を越えて、広島から養殖に必要な全てが提供され、起死回生に至りました。 こういう方たちこそ『絆』という言葉を使う資格があると思いますが、そういう人ほど、言葉の安売りをしないものですね。 その唐桑の鮪立(しびたち)という地区にある牡蠣小屋で養殖の準備の手伝いをさせていただきました。 初日は渋滞でバスが遅れ、活動時間が減ったので、3月11日の体験や広島との絆など貴重なお話を伺い、ホタテの箱詰めをして、急遽船で沖まで連れて行ってくださり、ホタテの水揚げを見せていただき、さらに津波の時に船を沖まで出した話し、燃え盛る気仙沼を見た話しを伺いました。実際に津波が来た海上で聴くお話は胸に迫り、津波に対する感覚がそれまでと全く変わりました。 しかし、まあええとこでした、唐桑半島。 つづく |
要談「気仙沼市」
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海の上で聞く津波の話、きっとすごくリアルだったでしょうね。普段は穏やかで静かな三陸ですからね。
』と心の中で声をかけながら美味しくいただいてます
本当に広島やフランスの牡蠣養殖に携わる皆様には感謝です!津波で二度と宮城の牡蠣は食べられないと思っていましたから。
今でもつい、宮城産ばかりを選んでしまいますが、広島産の牡蠣を食べる時には『おらほの牡蠣と兄弟なんだね?
2013/8/22(木) 午前 10:22 [ つばき ]
つばきしゃん
そうなんです、穏やかな同じ海の上で、大島や唐桑を目の前にして、あの日のことを聴いて、理屈では無い、何かを感じたようです。
牡蠣やワカメの種苗が世界に輸出される、屈指の大漁港ですね。
三陸の漁業の復興が鍵だと理論で考えてきましたが、足を運んで、ほんの少しは肌で感じたかもしれません。
おらほの兄弟牡蠣
良い言葉ですね、三陸と広島の中間で、自分もそう思いながら食べます。(^^)
2013/8/22(木) 午前 10:58