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こういうことを言うと、硬い人間だと思われそうだけど
2011の年末に友達から、『忘年会いつする?』というメールがきて、その忘年という文字を見て、何気なく使ってきた言葉に、ハッとした記憶があります。 被災したわけではないけど、あれだけの大震災に接し、個人的にも 大津波の被害がほぼそのままだった、陸前高田市や大槌町、遠野市の避難所、また福島市や郡山市の避難所、除染ボラで初めて東北に何度も行かせていただいただけに、今年(2011)を忘れることはできないと思いました。 実際には、忘年会と言いながら仲の良い仲間と飲んで食べて話をして、とくに忘年するわけではないし、付き合いも大切だから参加しますけと、今年もやはり忘年会の文字を見て、今年も忘れられない年になったと実感しました。 この年末、事故発災中の東電原発から20km圏内の福島県南相馬市小高区でも インフラが整備されたこともあって、年末年始2週間、自宅に発災以来初めて戻れることになりました。 その名も短期特例宿泊 自宅でお正月を過ごすのに、特例宿泊とは、原発事故さえなければ、こんな言葉は生まれませんでした。 現在、約470世帯1500人近い方がご帰宅を希望されています。 南相馬市小高区は、昨年の警戒区域解除後何度もボランティアで行かせていただいた地域、海に近い地域は津波の被害を受け、内陸側は町はそのままなのに、人が誰もいない地域でした。 最近のボランティアのニーズの中には、家屋は被害を受けなかったけど、南相馬には住まないと決めて、自宅を解体するための片付けが増えています。 クリスマスを控え町は夜でも昼間のような灯り、電飾でキラキラしてますが、楽しい日常は否定しないけども 福島県や三陸の方々、伊豆大島、山口、島根、また困難な状況にある方々のことを忘年しないでいたいと思います。 クリスマスとは、本来困っている人々に愛を注ぐ日ですが 日本人は愛の意味を履き違えてしまいましたね。 |

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同感です。
なるほど、忘年会をするから被災地のことが風化するんだ〜。。
自分自身のうさは忘れても、困窮している人たちのことは忘れちゃダメですね。d ( ´ω`* )
2013/12/22(日) 午後 4:20 [ 麻巣 ]
ますピー姉さん
この時期、どうしてもそうなりがちですよね。
こういうことを言うのも、毛嫌いされる手合いもあるしね。
決して眉間にしわを寄せて、堅苦しく考えるわけではないんだけど。
2011年以来、忘年 という文字を見て、違和感を覚えるようになりました。
2013/12/23(月) 午前 11:12