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2からの続き
▼支援の形・釜ヶ崎の激変支援においても、自分1人で生きてきたというプライドを傷つけると、それだけで生きてきただけにボロボロになってしまうので、それを大事にしながらというのが望まれる。 役所の手続きの同行でも、字が読めないということを言うのは、大きな屈辱を与えるので、「老眼が入ってるから僕が代わりに読んであげるよ」や「この書類は僕でも難しいわ、家でも母親のことであちこち聞いてやってるから知ってるよ、だから一緒に行ってやってあげるよ」など、そういった支援の仕方は必要である。 そんな中、2009年から釜ヶ崎で驚くほど激変したことがあった。 それは200軒あったドヤが2軒になったこと。ドヤが業態転換してアパートになったのだ。理由は2009年派遣村が話題になった時、みんながホームレスは特別な人のことではなく、自分たちも雇止めになってホームレスになるかもしれない、という雰囲気が盛んになり一気に生活保護の申請が通りやすくなった。といっても、外国に比べて生活保護の補足率は非常に低く、厳しい状況にある。 それでも、それ以前は明確に生活保護受給資格がある人でも40人中1人ほどであった。特に65歳以下はまったく通らなかったが、すこしは通りやすくなり、野宿をして亡くなるおそれのある方を救えるようになってきた。釜ヶ崎のおっちゃん達は、国の世話にはなりたくないと生活保護を受けることを非常に嫌がる、だから空き缶を集めてでも自分で生きようとされる、自転車に乗れないほどボロボロになっても。しかし当然の権利として、受給をして路上から居宅へあがり、これまでドヤだった所がアパートになって、アパートとしてその人達に入っていただく。しかしアパートにも良いアパートと悪いアパートがある。食事、健康状態など個人個人の状況を把握して応じた、きっちりと支援をしている所は当然あるが、なぜこの値段?という悪徳なアパートもある。しかし報道のように釜ヶ崎のアパートがすべてがそうではない、現場に入らないと解からないことは多い。そうして野宿者が少なくなったと思われたが、最近また増えてきた、そしてこれまでと違った状況もうまれている。今、野宿をしている人の特徴は、沢山の荷物を持って歩いている。つまり家財道具と一緒に歩いている人が多くなった。 これは明確にこの2年間の特徴。理由はあちこちの公園で小屋掛けができなくなっていることが考えられる。路上から居宅にあがることは良いことだが、それは独居老人になることでもある。路上は屋根は無いが横に人がいる。 ▼2009年に夜周りをしていて、これまでに無い、初めて母子のホームレスに出会った。30代の母と子ども3人であった。 とうとうここまできたのかと感じた。しかしそこで見たのは、その親子の横に寝ていたおっちゃん達が、しじみ汁を作って親子にふるまっていた。一番下の子はまだ乳飲み子で、母親は母乳が出なくなり、おっちゃん達はしじみ汁が母乳と同じという事を、自分の子どもの頃の体験で知っていて、母子の姿をみてわざわざ淀川まで自転車で行って、しじみを採ってきたという。自分で生きてきたという自負があるため、意外と人情に浅い面があるが、生きるか死ぬかという状況になると、人情深くなる傾向があるのが釜ヶ崎。なので、そこから居宅にあがると独居老人になってしまい、孤独死を引き起こすことがあるので、「むすび」さんのようにとにかく、外に出てくることが大事な取り組みになっている。きちっとしたアパートでは、おっちゃん達がボランティアをしている。保育園のペンキ塗りや、サンタさんになって、子ども達に喜ばれる。そういうことから、今まで生きてきて「ありがとう」と一度も言われたことがない人が、ボランティアに行って「ありがとう」と初めて言ってもらえる。 それが生きてて良かった、自分の人生は良いものだったのだ、という自己肯定に繋がっていく。そういう力がボランティアにはある。そこでも、知的な障がい、精神的な障がい、がある方はどうしても残っていってしまう。また1人で部屋に閉じこもってしまったり、色々な課題はある。しかし、これらは決して釜ヶ崎だけの問題ではない。私たちの社会の、おそらく10年、20年後の姿ではないか。先日、こういう統計がでていた。20年後の日本全国の空き家率は46%。半分近くの家に誰も住んでいないという状況になる。これは非常に凄まじいことで、それほど地域として荒廃し、独り暮らしの人も増えてくる。さらに集合住宅に住んで、隣りが何をしているか知らない。故に釜ヶ崎の今というのは、釜ヶ崎以外の地域の20年後の姿かもしれないので、釜ヶ崎でなにをすればいいのか、今なにを行われているのか、あるいは、それはしてはいけない、というようなこと見て行けば、そこで培われた知識というのは、我々の地元でも使うことができる。 私の住む地域は、日本でも守口門真と並んで文化住宅(木造アパート)が日本でも一番多い地域で、ほとんどが独居老人となり釜ヶ崎化して、そこから抜け出せないでいる。釜ヶ崎にずっと通っているが、そのおかげで、自分の地域のそれらの方々にどう接していけばいいか、非常に役に立っている。釜ヶ崎は学習の場でもあるといえる。 以上 |
放談 「貧困・差別・ホームレス」
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春光さん、書いて下さってありがとうございました。

何度も何度も何度も…心に刻むつもりで読ませていただきました。涙が出ます…。
国の政策にいいように遣われた、そして無理矢理、朝鮮半島から連れて来られた方々の、壮絶な歴史がある地域なのですね
大阪万博に関する記載を読んで、6年後に開催されるであろう東京オリンピックを思い浮かべました…。
“ 光と陰 ”
綺麗に整備された部分だけを全世界に発信して、我が国は、最高のおもてなしが出来た、と言えるのでしょうか…。
2014/1/18(土) 午後 11:35 [ 鶴姫 ]
鶴姫さん
このような形をとりました。
主に釜ヶ崎が主題ですが
たたでさえ長いのに、何度も読んでくださってありがとうございます。
鶴姫さんの感想に、書いてよかったと思いました。真っ直ぐに理解くださっているように感じます。
そして、東京オリンピック、まさにそうなんです。50年前の時も東北の過疎化を促しました。万博と同じように労働者の使い捨てもありました。
これから、さらに東北で資材高騰、人出不足を招くのではないかと危惧しています。
2014/1/19(日) 午前 10:39