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一人の人間が奇跡を起した。
(といっても、facebookによく出てくる、「感動的な話」という、分けの分からん話ではなくて、もっとリアルな話。 私たちを「元気」にするのではなく、「賢く」する話) 戦前、戦中、そして日本中の都市が焼け野が原になった戦後。 学校どころではなく、戦災や貧困で、 長期欠席児童・生徒が多かった。 児童労働があったわけです。 何万という多くの子どもたちが、字の読み書きが出来ません。 それを救うため、政府の出動をまってはおられず、 大阪市立生野第二中学校に、 先生たちがボランティアで、 文字の読み書きから教える夜間学級を開きました。 この夜間学級は、文部省(当時)によって無視されつづけましたが、 全国に広がり、87校になりました。 6000人ちかい子どもたちが、そこで字の読み書きを学んでいました。 ところが、日本では建前として、小学校児童は働いては行けないことになっている。 つまり、日本政府は、「日本には働いてる児童、学校に来ない児童はいません。また文字の読み書きができない児童はいません」というのが、世界に向けた顔だったので、夜間中学に圧力をかけて、つぶしていったわけです。 ここに、一人の男が現れました。 かつて、彼も、孤児でした。 両親を戦争で失い、幼い頃、中国から引き揚げてきて、九州〜東京と放浪します。 盗みもしました。 そんな彼を、東京のバタヤ(ゴミクズを拾って、生計を立てている人)の、 在日朝鮮人のお爺さんが、引き取り養うわけです。 「字を覚えろ、貧乏な上に字まで知らなかったら、この日本ではどんなにいじめられるか分からないぞ」 少年は、17歳の時、そのお爺さんからはじめて文字を学びました。 そして、21歳で、荒川区立第九中学校夜間学級に入学するのです。 彼は、釜ヶ崎に来ました。そして、そこにいる労働者たちに手伝ってもらって、 600万枚の、大阪にも夜間学級を、 というビラをまくのです。 600万ですよ。 そして、大阪市立天王寺中学校に夜間学級が出来、 以来、全国の夜間学級は、一転して増加に向うのです。 新しく、10以上の夜間学級が増えました。 少年の名は、高野雅夫さん。 一人が歴史を変えた、誇るべき大阪の夜間中学の伝統。 しかし、今、「別の一人」によって、全廃が主張されていますが。 市長を辞職した男です。 【Facebookから】 |
要談「大阪府・ 関西」
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