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佐村河内守氏に対する、リンチのような記者会見。
こう書くと、ペテン師に対して!と共感は得られないことは承知してます。 本人が「嘘により」と言っている以上、その部分は事実なんでしょうが 聴覚障がい者ではないのに、それを装おってきたかどうか、それも本人しか分かりません。 本人が語ったように信頼はなく、不信の眼差ししか向けられなくなってます。 他の大きなニュースそっちのけで、大々的に報じられたこのニュース。 マスコミというのはどれほど偉いのか知りませんけど、手話通訳がまだ終わってない、と挑発していかにも聞こえているのに聴こえないフリをしていると煽るあのやり方に、危険な匂いを感じました。 譜面が書けないのに、作曲者として世に歌を出して歌う有名人は沢山いますけど そこに、メディアが聴覚障がい、被爆二世を「付加価値」にしてしまい 「感動した!」 「やばい涙が止まらない」 「魂の叫びだ」となびき 今は希代のペテン師として晒し者にしてることに、「感動」とかそういうものに対して一歩引くことの重要さを再確認しました。 佐村河内ストーリーに感動して、聴覚障がい者の学校とかコミュニティに足を運びましたか? 聴覚に支障がなく育ち、過ごしてきたのに、それが次第に聞こえ辛くなるという苦しみに、想像力を働かせることも必要だと思います。 結局は私たち、社会の眼差しの問題やと思うんです。 ドラマ「明日ママがいない」に意見をしても、自分で施設に足を運んだ人はどれほどいたでしょう。 佐村河内氏が全ろう者でゴーストライターに作曲させていたら どうするでしょう 辛辣に責めぬけますか 「障がい者」は皆善人 「障がい者」は皆負けずに頑張る人 「障がい者」は嘘をつかない そんな眼差しは 東日本大震災や原発事故被害者に対しても同じ 「被災者」は皆善人 「被災者」は皆負けずに頑張る人 「被災者」は いつまでも泣いていてはいけない 「被災者」は笑顔でいなければならない 「感動」とか騒ぐのって、上から目線だからかな どう接していいか分からないから関わらない方が良い 分からないのではなく、それを分かろうとしないこと 善悪の単純な二元化が問題やと思います ※行間も読んでください。念のために。 見ず知らずの行間読まないで反論書いてくる人がいるのでね^ ^ |
座談
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佐村河内氏自身は、反社会性、自己愛性、演戯性それぞれのパーソナリティー障害を持っているのではと思えるところがありますね。私自身、彼の発言に対して、虚言癖が常套であることが判明している今、その発言を信じるものではありません。
しかし、あの記者会見は途中から見ましたが酷い物でした。交響曲第1番「現代典礼」を発注した時、2002年結成されたペンデュラムというバンドを知っている時点で全聾は嘘ですが、最新の聴音検査の結果を見ると人より耳が悪かったと言うのも事実ですよね。手帳が受け取れないギリギリのラインの。それで聴覚障害者への侮蔑を心配されている方のツィートを見ました。私自身、リツィートしました。
偽りのシナリオを、佐村河内氏が作ったのは確かですが、それを拡散したのはマスコミですよね。NHKスペシャルは過去誤報をしたことがあるらしいですね。このことに関しては、私も、仏眼・慧眼で観なければと思っています。おそらく先生は見破れたはずです。
佐村河内氏の反論なるものは、口約束に等しい内容があまりにも多いので、今はスルーしています(続)
2014/3/10(月) 午前 9:32 [ Kasshini ]
私自身は、音色に敏感なので、次第に聴こえなくなり、頭で轟音だけがとどろくようになったら、発狂すると思っています。
NHKスペシャルで写った知り合いのブロ友の方、FBを見ると答えられない返答および新垣氏の記者会見で、曲そのものに感動していたはずなのに、曲すら嫌いになりそうで、何かできないかなと悩んでいる私がいます。もともと、一番好きだった指揮者が亡くなられたみたいで、追い打ちとはいえ、酷すぎるなと思い眺めていました。私自身、幻想が壊れ、理想の再構築とフラットに見るのに、半月前後要したのですが、私は良い方で。私はもういい県件だったと思っています。何もかも。色んな作品を聞けましたし、理解も深まりました。今道があることにも気づけました。作られた感動に騙された方から、詐欺師を宣揚したお前も、詐欺師だというコメントが来て、私自身呆れる一方、楽曲そっちのけでストーリーに感動して騙された方の心のケアを思うと、ブログではああ書いていますが、未だに私もその点は心が重いですね(終)
2014/3/10(月) 午前 10:03 [ Kasshini ]
kasshiniさん
kasshiniさんから、佐村河内を教えてもらった時は、まだ世間ではあまり認知されておらず、その時の印象を思い起こすと、別の世界の出来事のようで、まだ信じられない感じです。
それはkasshiniさんが決して付加価値になびいたのではなく、全ろう者としての彼への同苦とその音楽に対してだったからです。
ためにする言いがかりなどは相手にする必要はないですが
お友達に関しては、理解者であり続けていただきたいですね。
2014/3/10(月) 午後 8:56