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海外への人身売買を禁止する
伊藤博文内閣における外務省訓令第一号(1893年)。 「近来不良ノ徒各地ヲ俳個シ 甘言ヲ以テ海外ノ事情ニ疎キ婦女ヲ誘拐シ 遂ニ種々ノ方法ニ因リテ海外ニ渡航セシメ 渡航ノ後ハ正業ニ就カシムルコトヲ為サス 却テ之ヲ強迫シテ醜業ヲ営マシメ 若クハ多少ノ金銭ヲ貧リテ他人に交付スル者アリ 之カ為メニ海外ニ於テ言フニ忍ヒサルノ困難ニ陥ル 婦女追々増加シ在外公館ニ於テ救護ヲ勉ムト雖モ 或ハ遠隔ノ地ニ在リテ其所在ヲ知ルニ由 ナク其ノ事情ヲ出訴スルコト能ハサルモノ多シ 依テ此等誘惑渡航ノ途ヲ杜絶シ且ツ婦女ヲシテ妄リニ渡航ヲ企図セシメサル様取計フヘシ」 これだけ見ると、日本の民間人が女性を誘拐し、海外で売春させていたように見えますが、この訓令は、アメリカ西海岸で、おおがかりに、日本人女性に売春させていた、日本人人身売買組織が多くあったことが、アメリカ政府から指摘されていたからで、 「からゆきと婦人矯風会」 クリックすると読めます
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韓・朝鮮半島の従軍慰安婦のことで、今頃になって言ってきやがって
とテレビで豪語する俳優がいたんですが、結婚して旦那さんや、子どものいる前で
私は慰安婦だった、なんて言えないのは当然で想像力の無さを感じました。
1980年代の後半そして1990年代から世界は様々な戦争、内戦を経ながら平和構築のうねりをおこしてきました。
従軍慰安婦問題が戦時中の女性に対する性暴力の例とみなされるようになってきました。
92年から起こった旧ユーゴスラビア ボスニア紛争ではセルビア人兵士による集団レイプなどを踏まえ、レイプを人道に対する罪とする国際法の流れがありました。
慰安婦問題もこの文脈で取りあげられ、世界中に知れ渡りました。
また過去の過ちに対して国家指導者が相手国に謝罪することも、一般的になりはじめました。
このことは日本や韓国という枠を超えて、アメリカ連邦下院が慰安婦問題で日本に謝罪を求める決議をしたり、ニュージャージーやカリフォルニア州で慰安婦の碑や像が設置されてきたのは、前述の背景があります。
韓国のロビー活動だ!と非難する人もいますが、世界がそうした主張を受け入れやすい状況にあり、韓国はそれを周知していたからです。
ヨーロッパでは、ナチス・ドイツによるホロコーストは、第二次大戦中の大量虐殺の象徴とみなされています。
その証拠にEUが拡大していく中で、新たな加盟国はホロコーストの記憶を共有することが求められています。
ドイツはユダヤ人に対する謝罪という言葉の代わりに、「ドイツ人として過去と将来への責任を痛感する」という言い方で謝罪を続けています。
謝罪の撤回と取られかねないことはしていません。
そこで問題が生じているのはロシアだけです。
旧ソ連時代の東欧諸国への侵攻を認めず、現代の国際社会の規範に従っていないので、東欧諸国がロシアを非難するのは、そうすればヨーロッパで受け入れられることを知っているからで、この論理は対日非難をする韓国と中国と同じです。
ニュース番組などを見ていると、日本は十分謝罪した、という声があります。
今、河野談話を検証する作業というものがでてきているのは
国際社会が謝罪する時代において、まったく通用しない状況にあり
私たち日本人が井戸の蛙となっていることを知る必要がありそうです。
コソボの経験、ルワンダの経験は、国際社会にとって挑戦でしたが、そこから戦争犯罪についての合意形成に深化をもたらしました。
南米では、独裁と新自由主義の克服 南アフリカでは、アパルトヘイトの歴史の克服 EUの理念 アメリカ追従からの脱皮 これらが国際社会のこの20年の経験です。 この流れが国際機関をより良いものにしていく中、日本はこの流れに窓を閉ざしました。 人種差別や核を撤廃する条約でも、日本は独裁国家と同じ選択をして反対しています。 そして、靖国や日本軍慰安婦のことも、ちょうどこの時期にこの国際社会の潮流に乗れるチャンスでした。 21世紀の初頭、第二次大戦を勝者が敗者を裁くのではなく、公正に裁く裁判が国連やNGOを主導に行われ、日本軍慰安婦は重大な犯罪と断罪され、靖国神社、国家神道も犯罪とされ決着を見ました。 今の国際社会からの日本の眼差しは、そのツケです。 国際社会はよく知っていて、知らないのは私たち日本人だけです。 |
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