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先日とある場所で、2011年4月以来3年ぶりの再会が実現しました。
3年前ある避難所で、飛び切り元気で、炊事、トイレ掃除、体操、仕分け、足の不自由なおばあちゃんへの付き添い はいはーい、といつも笑顔で率先して一日中走りまわる女性。 ボランティアの人たちも、何かあればその女性に相談してました。 でも、あまりの元気ぶりに、何かを吹っ切ろうとされてるようにも感じてました。 ボランティア2日目の午前、雑巾を洗いに外にでると、その女性も先に雑巾を絞ってました、まだまだ水が冷たいですね、と声をかけると、「先月はこんなもんじゃ無かったのよ」と。 声が震えているようだったので、顔を見ると、目を真っ赤に腫らしてました。 しばらくして、雑巾を干しにいく時に女性の背中をトントンとしたら、ちょっと間を置いて、優しいね、と言ってくださり、あとでお散歩をしようと誘われました。 そして、散歩の時間、最初は大阪のことやうちの両親のことを聞かれ、その後、3月11日のお話をしてきださいました。 結婚して30年、主人とはめったに喧嘩しなかったのにね、将来家を売って娘夫婦の家の近くに住むかどうかで、言い合いになってね、その日の晩ご飯を作る気がしなくて、庭にいたら主人がまた怒ってきてさらに喧嘩になったの。 遅い晩ご飯を別々に食べ 顔をも見ずにその日は寝て、翌朝早くから、主人が出かけて行く音がしたから、釣りだと思い、オニギリくらいは持たせようかと思って、声をかけようとしたら、車がでちゃった。 そしてお昼に地震がきて、津波が来るって言うから山に避難して、主人を心配してたら、山際まで津波がきて全部流されたの。主人とはそれきり。 後悔しでもしきれない、本当は好きだったと伝えたいのに。 昨日もテレビで、備え備えって言ってたけど、あなたのご両親や周りの人たちを大切にし、仲良く暮らすのが、一番の備えなのよ。 と。 その年の初夏に電話があり、仮設住宅には入らず、娘さん夫婦の家の近くのアパートに住むことになったとのこと。 電話番号は、ボランティア名簿で調べて控えてくださり、いつか電話をしようと思っていたと。 そしてメールや話しを時々するようになり、今回再会する機会を作れました。 姿が見えるなり、涙がこみあげそうでしたが、いきなり、名前の一文字を言い間違えられ、ツッコミから笑いの再会に。 こちらは4人でしたが、ほとんど口を挟めないくらいに、しゃべるしゃべる。 その時もまた名前を言い間違え。 聞けば、お隣さんが私の名前に近いその名前だとか。 また、夏のご主人の誕生日に区切りをつけようかと思っているとも。 そして3月11日は命日にしたくないと。 一人一人と繋がり、見向きされない方々への寄り添いをはじめたのは、この女性との出会いからでした。 ブログに書いてね、写真は勘弁だけど とのことで紹介させていただきました。 |
座談
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毎日、生活していたら喧嘩のひとつやふたつとは当たり前のことなのに、この方のように喧嘩したまま、別れてしまうということは生きた彼女は、本当に辛く後悔をして今を生きているんですね。
彼女にも是非サポートが必要かと思いますが…春光さんたちのように、仲間の輪の一人として付き合っていけたら彼女も踏ん張れるような気がします。
見守っていって欲しいですそういう方が必要かと思います
私も同じですが、久しぶりに会うとか、初めて会うとかって人には、しゅべりまくりますね。それだけ
嬉しくて安心するんではないですか
2014/4/15(火) 午後 7:58 [ chi*12*c*n ]
そうですか。そういうことがあったんですね。震災以降「家族」や「当たり前のこと」についても色々考えさせられましたが、仲違いしたまま今生の別れを迎えてしまった人を知ると言葉が見つかりません。
メディアは散々「頑張ろう」を連呼しましたが、悲しみは捨て去ったり乗り越えたりするものではなく、悲しみと共存しながら人は生きていくのかもしれないと思うようになりました。
2014/4/15(火) 午後 8:01 [ スタリオン ]
自衛官や消防、警察官の結婚式スピーチで、「どんなに喧嘩をしても、笑顔でいってらっしゃいと送り出してあげてください」と言うようですが、危険な職業に関わらず、誰しも突然の別れはあるかもしれないんですよね。最大の備え、重い言葉だなって思いました。
毎日を大切に生きるって、全てが一期一会だって事ですよね。
2014/4/15(火) 午後 10:11 [ つばき ]
以前にこの方の記事書いてらっしゃったのを見て、凄く反省しましたよ…
でも人間だし、喧嘩も、より近い人間だから、一番近い人間同士だからできることで。
旦那様、こんな素晴らしい奥様がいて、感謝されてますよ。
とても意義のある再会。
遠くても、見守り合える、生涯の同志ですね。
2014/4/15(火) 午後 10:27
chiさん
chiさんだから分かち合える部分もあるのかもしれませんね。
本当に同苦して、共感でき、一緒に泣くことができるのは、chiさんや、みなさんなのだと思います。
「めったに会えなくても、気にしてくれる人がいることは、ありがたいし幸せなことなのよ」
と仰ってました。
地元大阪の悩める友人に対しても、孤独にしない、ということが全ての根底にあります。そこに至るまでの過程は大変ですけどね。
自分にとってもそうですが、心の扉をノックできる人がいることが、大切かと痛感しています。
ゆるやかな お互いさまの繋がりが いいですね。
chiさんにから力をもらってます。(^_^)
2014/4/16(水) 午後 2:52
スタさん
三年前の今頃って、当たり前のことや、生活、家族、電気など、見つめ直す言葉が、飛び交ってましたね。
今はまた、経済が話題の中心にきました。
>悲しみは捨て去ったり乗り越えたりするものではなく、悲しみと共存しながら人は生きていくのかもしれない
スタリオンさんが、東北の多くの方々から信頼され慕われている理由が分かります。
僭越ですけど、これまでの支援や眼差しを垣間見る思いです。
グリーフに対する認識が日本ではまだまだだと感じていますが、スタリオンさんが書かれたこの言葉の意味を、一人一人が認識していければ、社会全体から生きづらい人が減っていくと思います。
2014/4/16(水) 午後 3:19
つばきさん
つばきさんの感性からも、色々なヒントをもらいますが、今日の言葉も大切なことばかりですね。
悩みの無い人はいませんから、表明的なことで、人は判断してはいけないと思いました。
私が自転車で10分ほどの実家に帰ると、帰り際、母が必ず外まで見送りに来ます。
ええ歳の息子に・・と思ってましたが、仰るように、全てが一期一会という覚悟なのかもと思います。
母心はありがたいし、学ばねばと思います。
2014/4/16(水) 午後 3:30
Likaさん
覚えていてくださいましたか
もう2年前に書かせてもらいましたが、より具体的に書かせていただきました。
喧嘩できるって、あるいみ、信頼の深さの証かもしれませんね。
この女性と出会い、その後も多くの被災された方々、東北の方々と出会ってから、人生観が変わりました。
一人と一人の繋がり、これからのキーワードだと感じてきました。
同志 素敵な言葉ですね。
持つべきは、同志と人生の師匠ですね。
2014/4/16(水) 午後 3:46