識字率の話し、といえば外国のことと想像しそうですが
実は日本にはまだまだ文字を読み書きできない方がおられ、大阪にも夜間中学もあります。
生徒の多くは戦争と差別と貧困で学べなかった在日朝鮮・韓国人1世2世。
また、DVや貧困そのほか、様々な理由で、学校に行けず、社会に出られない子どもが増えていて、読み書きすら教わらないで過ごす子どもが数千人いると言われています。
そんな子どもさえ、社会からの親の自己責任論に追いやられています。
親に隠された私 戸籍なく17年 字が書けず、やりたいこと「ない」
2014年07月08日(朝日新聞)
生後、親に隠され戸籍がなく、学校に通えず、社会から存在を認知されないまま育った子どもたちが日本にいる。どこに、どれほどいるのか、誰も知らない。
あ い う え お
鉛筆を握りしめ、小学生の国語ノートのマス目をうめていく。兵庫県伊丹市の康子さん(22)は、ほとんど字が書けない。住所と名前をひらがなで書くのが精いっぱいだ。
17歳まで戸籍がなく、父(75)のもとで社会から隔離されてきた。ぬいぐるみや洋服めあてのリサイクルショップの買い物、氷川きよし出演の歌番組と散歩を楽しみに一日を過ごす。
取材で込み入った話になると「わからない」を繰り返した。「将来、やりたいことはある?」の問いには「ない」。父が口をはさんだ。「全て私の責任です。こんなに罪深いことはない」
康子さんは大阪・釜ケ崎で日雇い暮らしの父と、婚姻関係を持たない母(60)との間に生まれた。母は既婚者で、夫の暴力から逃げていたときに父と出会い康子さんを産んだが、出生届を出さなかった。出産後は父と同居したが子育てはせず、5年後に家を出た。
父は娘の存在を隠した。過去に窃盗や傷害の罪で5回服役していた。「前科者の娘とばれれば、学校に行ってもいじめられ、大人になっても結婚できないと思った」
学校に通っていれば小学生の年のころ、父は年金暮らしの異母兄を頼り、大阪市住吉区の古アパートに3人で暮らした。近所の人は康子さんの姿を認めていたが、気にとめなかった。向かいのアパートの男性は「女の子は平日も通学かばんを持っていなかった。へんだと思った。でもあいさつしないし、遊びに来ている子だと思った」と言う。
日中は父子ふたり公園で過ごした。毎日同じ公園だと不審に思われると、各所を転々とした。自宅近くで同年代の女児の母親に「何組ですか?」と話しかけられたときは「もう転校するから学校に行ってません」とごまかした。
康子さんが社会に“発見”される契機となったのは2007年。父の兄が家賃を滞納し、家を追い出された。父は釜ケ崎時代に知り合い、後に伊丹に移り住んだ女性(77)を頼り、女性の生活相談にのっていた久村真知子・伊丹市議(62)と出会った。
2年後、体調を崩した康子さんの医療費の支払いに行き詰まった無保険の父は、久村さんに娘の生い立ちを告白した。「なんで早く言わないの」。久村さんは事態をのみ込むと康子さんの戸籍作成を勧め、母を捜させ、法務局に康子さんの出産を証言するよう説得した。民法では妻が婚姻中に妊娠した子は夫の子と推定する。このため父は「父」と認定されず、康子さんは母と戸籍上の「夫」の四女として入籍した。
いま父子はアパートを借りて生活保護で暮らす。康子さんは久村さんら周囲の夜間中学入学の勧めにも応じず、先の展望は見えない。「残された人生は娘の自立に注ぎたい」。前立腺肥大症や高血圧で通院する父のことばを、娘は無言で聞いていた。
(中塚久美子)
■声なきSOSつかんで
<道中隆・関西国際大教授(社会保障)の話> 見つかった無戸籍・不就学の子どもたちは氷山の一角だと思う。私が大阪の児童相談所に在籍していた15年前も、こうした子がいた。生活困窮者の裾野が広がるなか、最も支援が必要な人が孤立無援となっている。妊娠・出産時の相談や無保険受診、生活保護申請の際、子どもの声なきSOSに敏感に反応できるよう、支援の担い手を質量ともに充実させる必要がある。
社会と結びつく根っこがないのは、人間の尊厳を否定されることに等しい。養育の知識や能力がない親もいる。こうした子どもたちが生まれるメカニズムを理解して、救い出す法の整備を進めなければならない。
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