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白河の関 勿来(なこそ)の関 和歌で詠まれることが多い東北の関所ですが、もともとは差別的な表現でありました。
現在の福島県いわき市勿来にある、常盤合同火力発電所。
地元の人たちが土地を無償提供し、常盤炭鉱の低品位炭を燃やせないか、石油におされゆく故郷の炭鉱を守りたいと、ちょうど60年前に作られた発電所。
公害問題がまったく認識されていない時代
そこには、巨大石油タンカーが着くブースもなく、遠浅の海と砂浜と人口密集地の住宅街にかこまれた場所。
火力発電所がある立地には見えず、発電所としてハンディだらけ。
さらに常盤炭鉱から出てくる燃えにくい石炭を燃やさなくてならない状況の中、ボイラーを工夫に工夫を重ねて低品位炭を燃やす技術を確立していきます。
やがて、常盤炭鉱自体、西部抗を閉鎖などにいたりますが、北海道や国内のあちらこちらの、いろんな石炭を燃やさなければならない状態になり、ある意味「最後の需要先」となっていきます。
そこで、低品位、高品位、硫黄分の多いもの、少ないもの、色々な石炭を燃やさなければならなくなり
それでも、燃やし屋さんはボイラーを工夫して可能にしていきました。
高度成長期に入ると、電力需要の増強につづ増強で、石炭だけでなく、重油も燃やしていかなければならず、小名浜に着くタンカーからパイプラインを引いてきて、そこでも石炭、重油混焼の技術をも確立していきます。
全国の火力発電所は安い原油だけを使っていましたが、そこに石油ショックが起き、そうした火力発電所はダメージを受けましたが、勿来の発電所は、それまで不都合ばかり押し付けられてきたことが、都合となり、大変な努力を強いられたとはいえ、重油の混合度合いを少なくすることだけで、難を逃れました。
また電力需要自体が低下したことも、不幸中の幸いのように電力逼迫にいたりませんでした。
次第に国内産の石炭は減る一方になり、様々な種類のある海外炭の輸入に踏み切り、現在は100ヶ所から供給をうけているとのこと。
これまでの、過酷な条件が技術を磨くことになり
80年代に入ると、高騰する石油価格に対応するために、石炭液化技術とそれを燃やす技術も確立
2002年までに実用化。
さらにコストダウンをはかる必要にせまられて、電力自由化の波もおそってくる中
石炭専燃の箇所を設けたり柔軟になんでも対応し挑戦。
時代は地球温暖化に対しても、企業倫理的な対応が求められ、2008年からは間伐材利用の木質バイオマス発電、下水処理場から出る汚泥まで燃やせるようにし、他所の環境負荷も勿来が低減できることに。
2007年からは、8ヵ年計画で石炭の気化(ガス化)でより効率よく燃やせる試験にも挑戦。
世界最長の実用耐久性実験に成功し、試験も半ばという時に東日本大震災が発生。
守られてきた原発は停まりました。
あと4年で実験が終わるはずの中、この実験中プラントが実用運転に挑戦することに。
実験プラントを恒常的に実用運転することは、とうてい考えられないことに挑戦されています。
守られずに、常盤の低品位炭から海外の安い石炭、どこでも良いから燃やせと、押し付けられてきた勿来ですが、定格出力250メガワットの運用をしています。
これが停まったらえらいことになります。
フクシマがFUKUSHIMAがと言いますが、21世紀には勿来の関を差別することはあってはならないと思うんです。
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要談「福島県 全般」
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