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●関口村長の盟友に、田老町漁協の初代組合長・山本徳太郎さんという方がいました。
山本さんは小学校もいけないほど貧しかったのですが、独学で経理や設計、工学なども勉強し、20代で田老村漁業会(現町漁協)の組合長になりました。
当時の田老には、摂待、田老、乙部の三つの集落があり、それぞれの漁師の団体が作られていました。
しかし、田老が復興するには、三つがバラバラでやっていてはダメだろうということで、一つにまとめたのが、山本さん。
「連帯と団結」が田老の町、漁業組合のスローガン、当時の漁業会はとても封建的で身分の上下があり、親方と子方、船主と普通の漁師には厳しい上下関係がありました。
そんなことでは、沢山の人が死んで、少なくなった漁民でうまくいくはずがない、みんな平等だ、仲良くしよう
と、みんなで困ったら、分け与えながら、漁業をやっていこう
そうして、やってきて、田老は今にいたっています。
岩手県で120、宮城県で160ほどの漁港がありましたが、東日本大震災以降、岩手と宮城では全く違う復興方法をとりました。
宮城県は「選択と集中」 160の漁港の中で40だけを復活させる。
外部から業者を入れて・・・
しかし残念ながら、うまくいっているとは、とても言えません。
日本で一、ニを争う漁港、気仙沼、石巻でさえ、青息吐息の状態です。
「絆なんて、最初から無かったんだ」と語った石巻の漁師さんもおられました。
対して、岩手県は全部の漁港を復活させる、ということをやってきた。
宮城県と対比した時、割とうまくいっています。
その中でも、特にうまくいっていて、目覚しい復活をしている漁港が二つあります。
アワビの収穫一番の重茂漁港と、もう一つが田老なんです。
共通して言えるのは、重茂も田老も、漁協を中心に平等と協働でやってきたことです。
選択と集中ではないんです。
この二つの漁協は、漁師さん復活の模範となり希望となっています。
漁船はほとんど流されて、20ほどが残りました。だから組合が購入して無料で580ほど漁師さんたちに貸与し、そして後継者も育っています。
今、田老漁協の将来の問題は「鮭」の心配。
大震災の年に、鮭の稚魚を放流できなかったので、昨年、鮭が遡上しないのではないかと心配されていました。
やはり、その通りになりました。
しかし、なぜか、湾内では大漁でした。近年になり豊漁。
ただ、残念ながら遡上はなかった、地形の変化か、水の匂いの変化なのか、それは不明。
今年はどうでしょうか・・・?
また「真崎のワカメ」の売上も落ちているとのこと。
私のような関西人は、ワカメと言えば、鳴門を想起します。
大震災以降、次第に知られてきていますが、実は鳴門のワカメの種苗は三陸、真崎ワカメ
いわば、田老生まれ 鳴門育ち
さらに、この田老ワカメは外洋で育てています。
昆布は北のモノ と言われますが、田老辺りが、その南限になります。
ワカメは南のモノ と言われますが、田老辺りが、その北限になります。
田老という地域は実に珍しいですね。
もうご存知のように、外洋で育ち、三陸の荒波にもられるので、肉厚でどこにもない最高のワカメ。
ところが、残念なことに、価格はドンドン下がっています。売れないんです。
大きな理由
一つはデフレ、円安。
安い海外産がどんどん入ってきて、一般消費者は「ワカメって、このぐらいの値段のもの」と
安い価格が常識化して、高級ワカメは「高級」ではなく、「高い」ということになる。
価格低下圧力がとても高い。
そして、もう一つが「風評被害」
東北と聞いただけで、東北の食べ物を敬遠していく傾向があります。
田老町だけをとってみたら、事故が起きている大熊町の原発から田老までの距離
東京より三倍も離れています。
こうした被害の払拭が重要です。
田老漁協は先月に、決起大会を行いました。
大震災後はじめて。
それは今年こそ正念場ということで。
ワカメが売れるかどうか、アワビが復活するかどうか
さらには、税金の問題もあるようです。
岩手では船の貸与がありますが、個人で購入すると、一隻百数十万円で、動産としての税金がかからず、控除される限度内。
しかし、田老漁協では、震災のダメージのある1人1人に負担をかけられないと、五百数十隻を漁協で購入して、それを組合員に貸与しているので、動産税がかかってきます。
今は震災特措法で減免されていますが、来年から全額かかってくるんです。
田老はみんな仲良く、平等
単なるきれいごとのスローガンではなく、どのように平等か
ワカメのメカブ、東北の方々は本当に大好きですよね。
私たちも、虜になりました。
ワカメの種ですが、メカブは漁師さんが天然の漁場から獲ってきます。
その良い漁場を知っている漁師さんがおられる、それは絶対に教えない・・・
腕の良い漁師さんは、良質のメカブをいっぱい獲ってくる、漁師さんの腕のみせどころ、技量のみせどころ。
そこから、団結と協働します。
それを、みんなの共有にします。
やっぱり、あのじっちゃんは、良いところを知っているなあ、その誇りだけを得て
あとは「みんなのもの」
これが「団結と共同」
宮城県の「選択と集中」では残念ながら、きびしいことになっていますが
田老と重茂は「団結と共同」で復活しました。
有名な「45号線」が新しくなりましたね。
山側に高盛道路になり、1m以上高くなって、海側に平行して旧45号線が走っています。
途中で行き止まり。
残念なことに、新しい道路には信号機が無い・・・品薄のために、信号機がまにあってない・・・東京五輪の影響もあるようです。
高台に逃げられるように整備された十字の道路だったのに、新しい45号線の高盛の築堤が遮ってしまいまい、逃げられなくなってしまいました。
破壊されなかった、関口村長の時代の防潮堤の上に、とってつけたように白いコンクリートの70cmほどの堤防をかさ上げしておこうと・・・
そのかさあげしたところには何があったのか、ご存知の通り、昭和三陸津波で亡くなった方々全員の911基の墓標がありました。
行政は何も考えずに、コンクリートで覆ってしまいました・・・
途中で気がついて、10基ほどはのこっています。
堤防を見るだけで、行政のあり方がわかります。
そして、田老町漁協では高さ20mほどの製氷機を再建しています。
青砂里の丘の下にあります。
その製氷機に黄色い印があり、そこ一番下が、昭和の大津波がきた高さ。
二番目が明治のお大津波の高さ
一番上が今回の津波の高さです。
小堀内では、39m以上と言われていますね。 |
要談「宮古市・田野畑村」
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