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住民投票に限らずですが、あえて今回の住民投票では
「大阪市民の未来のために」
「歴史ある大阪市の・・・」
「大阪市民のために・・・」の大阪市民には
在日朝鮮・韓国人、在日外国人、居場所を届け出られないシングルマザー、事実上すべての権利を奪われたホームレスの方々は入ってません。
納税者の・・・という声もありましたが、納税しながら在日外国人は投票できません。
大阪市の生野区は4人に1人が在日朝鮮・韓国人ですが、大阪市民に含まれないようです。
ホームレスになると、その時点ですべての「権利」を無くすのと同じです。
そういう人たちに目を向けるのが政治の役目の一つと思いますが。
我々市民も、上ばかり見て、困っている人たちの居場所を奪っています。
大阪は庶民の町とか人情の町とか言われますが、どこが?ですよ。
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政談 「大阪」
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春光さんこんにちは。
そうだったんですか。私は、大阪市民ではないですが大阪府民ですので人ごとではない気がします。
庶民が困っている人達の居場所を奪うことはしないと思うのですが、手助けをしていないのはあると思います。
ホームレスの人達をどうやって助けたらよいのでしょうか・・・
反対に空き地や空き家やと増えてきてると言いますが、活用方法もないものでしょうか。
2015/5/18(月) 午後 1:02 [ ミー ]
追伸。手助けをしない、という事から直接居場所を奪うという事にはならなくても、始まりは冷たい所から始まるのでしょうから、温かい心を失いつつあるという事ではそうだと思います。世の中が冷たく感じる事は有ります。
2015/5/18(月) 午後 1:14 [ ミー ]
> ジェミニさん
こんにちは。
ジェミニさんの気持ちはとてもよくわかりますし、理解していますよ。
居場所を奪っている と書くと、反発を覚える人がいることは承知の上ですが
連日30代でホームレスを経験してきた人や、地域のシングルマザーや独居の高齢の方々と接していると、この表現が決して行き過ぎではないと実感しています。
ブログで自分の事を書く時と違って、何かを訴えたい時は、今までこうした表現を使ってきた経緯があります。
その言葉に反応してくれる人が一人いれば良いと思っています。
逆に大勢が一度に何かをしようとすると、かえって当事者を苦しめる結果をまねくことがあるので
どうしても、こういう表現を使います。
離れる人は離れてくれたら方が良いのですが、ジェミニさんをはじめ
出来ることを、できる時に、と手を指し伸ばしてくださる方々は
そういうことよりも、その現実に対して、動いてくださっています。
自分は派手な打ち上げ花火みたいなイベント支援ではなく、伴走型、もぐら穴を掘るような、ゆるやかな連帯を少しすつ広げていきたいと思っていますので
どうかご理解いただければ
2015/5/18(月) 午後 5:59
つづき
> ジェミニさん
私が、記事にあげた方々の言葉を代弁するような大それたことはできませんが
都構想なる論争に、賛成 反対 どちらにも、こうした方々への眼差しの欠如を感じてきましたし
それは最後まで続きましたので、自分に言い聞かせる意味で書かせてもらいました。
ただ、ホームレスのことも、貧困や精神疾患などもそうですが
社会からの眼差しの冷たさ、厳しさが、人々と追い込み、居場所を奪っているという実感はあります。
行政や政治家の責任ばかり追求する前に、私たち一人一人は何をしているのか
考えて動かなければ、大阪市であろうと大阪都であろうと、人間が変わらない限り
制度を変えてもまた同じ利権が生まれて、同じことになると思います。
2015/5/18(月) 午後 6:06
現場に足を運ばずに、ネットや他人の意見を求めるよりも
まずそこに行って、知ること、同苦すること、共感することがなければ
協働に繋がらないのでは、と感じています。
えらそうな物言いで、ごめんなさいね。
きっと理解してくださると思うので、そのまま書かせていただきました。
2015/5/18(月) 午後 6:07
こうしたサイレント・マジョリティは「存在していない」ことになっているんですね。 あらためて面倒なことは「遠ざける」「蓋をする」だけでは何の解決にもならないことを考えさせられます…。
2015/5/18(月) 午後 6:43 [ スタリオン ]
ご丁寧なご返事どうも有難うございます。
言い伝える時に聞く側にある程度の経験があれば、伝わりやすさもあると思いますが、ない場合でも、春光さんの様に何度も何度も発信する方がいらしゃれば、いつか通じる事もあると思います。
私もそうです。鈍感ですが、何度も懸命に伝えようとしていらしゃるので伝わってくる面あります。
春光さんがおっしゃるように実際に現地に居ればもっとわかるのだと思います。重い腰になっているし、足を使う回数も減っていくばかり・・・
けれども
春光さんの地道なというか、本当は文章で伺えるよりももっと、真剣で命がけなんだと思いました。この前の記事で雨の中自転車で・・色んな物を運んだりしていらしたので頑張っているお姿に勇気を頂きました。今度また勇気ふりしぼって参加できるようにしたいと思います。というか心軽やかに行ける自分に。
2015/5/18(月) 午後 8:57 [ ミー ]
> スタさん
以前、南相馬の小高に一緒にボランティアに行った、大学の女性と一緒に釜ヶ崎を回った時に話してたんですが
彼女は半年ほどフィリピンに語学留学されてました。
そこでは、ホームレスの人やスラム・貧困にある人たちと、お金持ちや一般的な層の人たちが、一緒に暮らしており、普通に手を差し伸べていたと
しかし、大阪は見えないようにしている社会があることを、体感したと語っていました。
大阪でも、公園にブルーシートで生活している人たちを、幾度も幾度も排除してきました。
問題の本質はそこだと思います。
今、一緒に活動しているホームレス経験者の人たちと話しをしているのは
いわば堂々とホームレスになれる環境作りです。
支えや頼れる存在があるか無いかで違いがあるからです。
ただ、それだけではない、一人一人抱える問題が違うので、そこは一人一人と関わるしかないんですが、社会全体でそういうことができれば、この社会も少しは生きづらさから開放されるのかもしれないです。
2015/5/18(月) 午後 11:15
> ジェミニさん
僕も鈍感だし、これでいいのか、と毎日その問いかけばかりですよ。
でも、ブロ友さんの言葉に本当に救われています。
雨の時のこと覚えてくれたんですね。
あの後もなぜか、バザー&カフェの時は雨にたたられています・・・笑
来月はバザではなく、違うことを計画中です。
決して何かしなければならないということではなく
まずは自分の足元でいいんだと思います。
そして先ず知ることからだということも。
話しを聞いてくれる人がいる というだけでいい場合もあったり・・・
またえらそうなことに書いてしまいますが 笑
2015/5/18(月) 午後 11:23
えらそうじゃないです。また色々と教えてください。
。私も雨との格闘中です(笑)
自分の出来ない事をしている方の御意見は聞きたいものですから。
最近、雨多いですよね
ボランティア充実していそうですね。
いいな〜と羨ましく思います。
2015/5/18(月) 午後 11:31 [ ミー ]
あっ、違う事にも挑戦ですか?来月の記事も楽しみにします。
2015/5/18(月) 午後 11:33 [ ミー ]