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いきなりゲッベルスの言葉のおどろおどろしいタイトルにしてしまいましたが
ゲッベルスとは、ヨーゼフ・ゲッベルス、ナチスの宣伝大臣で、プロパガンダの魔術師と言われた男。
なぜ、この言葉を書いたかというのは
現在の政権批判への批判をしたくて。
学生時代、理論構築というものが形成されつつある年ごろに影響を受けたものの一つに
中国の帝政治世と、ナチスとホロコーストがありました。
政権批判への批判と言ったって、現政権とは対極のスタンスですが
ネット界隈でも、きちんと「批判」をしている人がいる中で
スイッチャーの手合いは、スキャンダラスでセンセーショナリズムなニヒリズム。
嫌いなカタカナを並べてしまいましたが、現政権を独裁だの、ナチズムだの批判しながら
その手法がナチスそのものという、気味の悪さを感じて仕方ないからです。
上からの書きようで申し訳ないですが、「精神的支柱の無い大衆」に対して効果的な、衝撃的な言葉の羅列
スキャンダラスなデマゴギーによる大衆扇動というのは、古代から繰り返されてきました。
ナチスのゲッベルスは文学博士号を持ち、作家になりそこねたのですが、しかし、自己陶酔的な妄想言語によるデマゴギー プロパガンダによって、ゲッベルスはゲッベルスに成りおうせたんです。
ナチがベルリン収奪の時、突撃隊を使ってドイツ共産党との街頭闘争や、機関紙によるスキャンダラスなデマを主な手法としました。
「ベルリンは、魚が水を必要とするように、センセーションを必要としている。この町はそれで生きているのだ。そのことを認識しない政治的プロパガンダは、的をはずすだろう」
これは当時ゲッベルスが綴った言葉。
多くの人、特に自分をリベラル派だと思っているスイッチャーは、このナチスの言葉を聞いても
対極にある言葉、現政権にあてはまる言葉として、自分に置き換える作業はしないのでしょう。
だから、怖いんです。
またカタカナを使いますが、ノイジーマイノリティの人は、不特定多数のサイレントマジョリティに対して何かを訴える時、冷静で誠実に、というのが常識化していますが、
ネット界隈のスイッチャーは真逆をいきます
不特定の相手に対して「OOOよ!OOOせよ」というような上から目線。
そして、普通に考えたらデマだとわかる情報でも、拡散。
これ、ナチや独裁国家でよくみられる光景です。
ナチズムに対抗するために、ナチの亡霊を呼び覚ますとは。
本当は政権批判のために、この言葉を使いたいのですが、それが逆だと言う事に不幸を感じます。
主観的な自己表現、センセーショナリズムの導入というのは、その言葉の価値を「効果」だけに認めるニヒリズムそのものであり、理性より情緒の言語に淫したゲッベルスそのものと思えてならないんです。
1年前に集団的自衛権の事で、騒ぎ立てたネット界隈のスイッチャーは
何の分析も自省自戒もなく、同じ手法で騒ぎたてています。
以前にも書きましたが、安倍首相は、自分を戦争主義者とは思っていないから
若者を殺すつもり、と騒いでも何も届いていないんですね。
この国のためと思って、アメリカの思い通りに、この国を敗戦後かつてなかった道へ歩ませようとしています。
ナチと戦ってきた人は、何をしていたのか。自分で学んで、自分で考えて行動すべきなのでしょうね。
いずれスイッチャーは大衆がアホだと責任を押し付けていきますよ。
これまで色んなスイッチャーのパターンです。
平和を叫ぶというのは、命がけの闘いなのですが
日本では本当に薄っぺらいものにしか感じないですね。
尊い犠牲 という言葉を多用する人が、いずれ生命が失われること自体が、尊い行為という考えに到達していくのと同じ状況にあることを、知っていきたいものです。
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ヒトラーやキム・ジョンイルは皮肉を込めて「偉大な演出家」と評する人がいましたが、こうした術にはまって全体主義国家などへ突き進んだ例は過去にいくらでもあります。
人間は精神的に弱い時、不安定な時に感情的(センセーショナル)なネタを出されるとまんまと乗せられてしまうものですが、今のご時世果たしてどれだけの人が冷静に物事を見ることができるでしょうか?
※最近ネット社会に跳梁している輩は訳知り顔で様々な批判をしますが、「ミイラ取りがミイラになる」「踊っているのではなく踊らされている」ということにいい加減気付けよ、といつも思います。
2015/6/17(水) 午後 9:28 [ スタリオン ]
> スタさん
日本でも日中戦争、太平洋戦争時下でもそうでした。
国防婦人会も当初は平和を願っていたのが、たった1年で戦争協力勢力になりました。
最近なら、カルトがこの手法をよく使いますね。
当人たちはカルトの自覚が無いのですが。
ネット界隈の踊らされている「ダンサー」の言質は
およそ理性や知性というものを感じず、カルトそのものだと思うんですが
やはり、自分がまさかカルト化しているとは、夢にも思ってないのでしょう。
だから、怖いです。
自分も突出した時期もありましたが、やはり、一人一人と向き合った時に、「気づき」がありました。(未熟ではありますが)
それだけに、大切なことを学習できない輩の本質が見て取れる気がしてならないんです。
2015/6/17(水) 午後 9:57