今まで書かせていただいてきたことですが、やっぱりこういうことですよね。
本当の意味で横に立って、うんうんと耳を傾けている人は、こう思うのですが
手を差しだして、根は自分のためにやっている、それに気がつかない人は
笑顔で 前向きに がんばろう になってしまうんでしょうね。
上ばかり見て、成長とか勝利とか言っていたら、声なき声に気がつかず、大切なことが麻痺してしまいます。
気がついたら 受け入れてきた そういう受け入れる力が幸福力なのかもしれません。
こんにちは、みんです。
本日は
「下に向かって成長する」という
不思議なお話(*^_^*)
お母さんたちとお話をしていると
・責められるのが苦手なんです。
・言われたくないんです。
・少し言われるとめちゃくちゃ悔しいんです。
そんなお母さん、結構いらっしゃいます。
私も過去にはそうでした。
そういうお母さんは、向上心の強い方が多いです。
・もっと○○できるようになりたい。
そう思って日々頑張ってらっしゃるんですね。
頑張っているからこそ
ストレス袋も満杯でちょっとつつかれると
プッシューとストレスが吹き出てきてしまって
もうこれ以上 どうしろっていうのよ!!
というようなことにも
なりかねません。
向上心は上に向かって成長したいと思う心です。
これとは逆に
下に向かって成長するというのは
しっかりと凹むことのできる力を指します。
そして、しっかりと悲しむことのできる力を指します。
ネガティブな感情もじっくりと味わうことができる力
それを伸ばすことを
私は下に向かって成長する力だと感じています。
ネガティブな感情を味わうのって
実はとても勇気の必要なことなんです。
なので、人はついつい
「なにくそ!!」
と、下に向きかけたベクトルを
上へ持ち上げようとするわけです。
ところが
下に成長する力をつけた人は
いろんなネガティブな感情を受け入れて
どんどん、どんどんと人として成長していきます。
この成長は人の痛みを知ることができる力となり
優しさという力になります。
弱っている人にも
共感して寄り添えるようになるわけです。
お子さんが学校に行けないと
まずは襲ってくれのは不安・心配
それを通り越すと 悲しみや凹みがやってきます。
ところが、ものすごく辛いのに
それでも頑張って上を向こうとしているお母さんが
本当にたくさんいらっしゃるのです。
みなさん お疲れ様です。
でも、勇気を出して
お子さんのいないところでは
自分の気持ちを知って、味わってあげてくださいね。
一人で味わうのが怖い時には
信頼のできる人に話して
一緒にいてもらってください。
まだまだ、できそうにないという時には
無理をする必要はないのですが
ネガティブな感情をもったり味わうことは決して悪いことではなくて
それは下に向けての成長であることであり、
台地にしっかりと根を張ると言う事でもあると言う事を
覚えておいてもらえると嬉しいです。
必要な方に届くように祈りを込めて…。
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すっごく共感しました。(((uдu*)ゥンゥン
「下に向かって成長する」つまり、ネガティブな感情を認めるということ。
この言葉にやっぱり、そうなんだなって。
自分もあることがキッカケで下に向かって行くようになったけど、
そのおかげで弱い人の気持ちが理解できるようになった気がします。
それがなかったら、今でも「体育会系」の人たちみたいに、
「根性」だとか「ファイト」だとかハッパかけていたかも。
そんなふうにされるのも、いかに辛いかも痛感したし…
いい言葉です。ありがとうございました。
2015/6/24(水) 午後 5:24 [ 麻巣 ]
以前「大木が強風で倒れないのはそれ以上の根が張っているからである」という格言?を目にした時「なるほど」と思いました。
根が貧弱な木が簡単に倒れるように、確固たる信念が無い、自分の言葉で語らない者はそれなりに見えても「簡単に倒れる」ことでしょう。共感できる人は見かけより「根っこ」の養生を大切にしていると感じます。
2015/6/24(水) 午後 8:04 [ スタリオン ]
> ますピーどん
災害や紛争の被害者に対する「グリーフケア」のことを、随分前に何度か投稿させてもらいましたが
ますピーどんの書かれていることは、まさに、それですね。
>そのおかげで弱い人の気持ちが理解できるようになった気がします。
これですよね。
なんかえらそうやけど(笑)
人間に大事なものって、ますピーどんの経験だと思います。
繋がるブロ友のみなさんの、同苦する心は、どこから生まれてくるのだろうと
いつも尊敬をもっています。
上ばかり見ていたら、本当に大切な物が見えないということを、ますピーどんの言葉からも学びました。
2015/6/25(木) 午前 0:28
> スタさん
いつもいつもありがとうございます。
>自分の言葉で語らない者はそれなりに見えても「簡単に倒れる」ことでしょう
スタさんをはじめ、ブロ友のみなさんは、シェア・拡散\(^0^)/の手合いではなく、自分の言葉で、日常や社会のことを書いてはることは、意識がなくとも、実は人生にそれだけ責任をもっているのでしょうね。
しかも、言葉の選び方がみなさんすごいので
自分まで賢くなったと錯覚してしまうんです。
さらに東北の方々は「生かされている」とよく言われますが、とてもとても重要な言葉だと感じています。
脳の暴走列車の御仁たちには、暴走政権と共倒れしないように
学習していただきたいと存ずる次第ですが
スタさんがいつも指摘している体になってきました。
大木の例えの意味が変わりますが、例え大木でなくとも、添え木をすれば倒れないように、添え木も必要なのでしょうね。
2015/6/25(木) 午前 0:51