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かつて、邑久長島大橋がないとき、 日生や虫明から、船で、もう二度ともどれない「旅」に、 ハンセン病患者さんは、出ました。 収容桟橋で、家族と永遠の別れを告げて。 その足取りを辿る「クルージング」が、開催されます。
このような活動を勧める事によって、偏見がなくなってくれればと願います。 私がハンセン病患者さんのことを知ったのは、高校生の時で、かなり遅い年代でした。 自分の身近にない事に対してアンテナを巡らす事ができていなかったんですね。
2015/8/14(金) 午後 1:33 [ tetsumama ]
> tetsumamaさん 同じです、自分も高校の時でしたが もっと現実的に知ったのは、大学の時でした。 それ以降も、どこかで遠い場所の出来事という意識があったのかもしれません。 まず知ることからでしょうか。 このクルーズも調整中です。
2015/8/15(土) 午前 8:46
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シルク
福田麻貴
小川菜摘
このような活動を勧める事によって、偏見がなくなってくれればと願います。
私がハンセン病患者さんのことを知ったのは、高校生の時で、かなり遅い年代でした。
自分の身近にない事に対してアンテナを巡らす事ができていなかったんですね。
2015/8/14(金) 午後 1:33 [ tetsumama ]
> tetsumamaさん
同じです、自分も高校の時でしたが
もっと現実的に知ったのは、大学の時でした。
それ以降も、どこかで遠い場所の出来事という意識があったのかもしれません。
まず知ることからでしょうか。
このクルーズも調整中です。
2015/8/15(土) 午前 8:46