エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「女川町」

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当ブログでも二度紹介させていただいた、1945・昭和20年8月9日の女川湾海戦から70年。
先日、女川で慰霊式が行われたとのこと。
そこにはカナダ大使も列席したと。

女川には大日本帝国海軍の戦艦が駐留しており、それを撃沈するため米英とカナダの艦載機からの攻撃を受け、それは翌日の朝まで続きました。
150人以上もの人が亡くなったともいわれます。
この時に攻撃を指揮したのが、ロバート・ハンプトン・グレー大尉という人で、グレー大尉が搭乗した爆撃機は被弾して墜落、大尉は亡くなり、最後のカナダ人戦死者となりました。
女川の丘に建つ碑は、グレー大尉を慰霊するもので、大尉はカナダ・ネルソン市の出身だったようです。

グレー大尉は女川攻撃を指揮し、女川の人々の命を奪った「敵」でしたが、女川の人々は大尉のために記念碑を建立(カナダ海軍パイロット、グレー大尉のビクトリア勲章・特別功労章受章記念碑)
その碑文には「昨日の敵は 今日の友となり 女川の人々は多大の好意をもってこの記念碑の建立を援助した」
「この碑が、この戦闘の戦没者全員の霊を慰め、平和と我ら両国の友情の変わらぬ徴し(しるし)とならんことを」
とあります。


第2次世界大戦の末期、女川湾海戦で戦死したカナダ海軍のロバート・ハンプトン・グレー大尉の追悼式が25日、女川町地域医療センター敷地内に建つ記念碑の前で行われた。駐日カナダ国防軍武官や駐日カナダ大使をはじめ、町内の関係者らが参列し、哀悼の意を捧げた。

 グレー大尉は、第2次大戦でカナダ人として最後に戦死した海軍将校。戦後、女川町民は大尉を顕彰する活動を行っており、平成元年には町とカナダの友好の証も込めて崎山展望公園内に記念碑を建立。同公園が震災で被災したため、24年に現在地に移設された。

 追悼式では、1分間の黙とう後にマッケンジー・クラグストン大使が「先の大戦から70年の節目。戦争という暴力から町を守ろうとした住民らの気持ちを考えずにはいられない。戦争を経て日本とカナダは世界で最も平和を愛する国となった」とあいさつ。クリス・ディキンソン海軍大佐は「皆さんの強さは復興の力になる」と激励した。

 須田善明町長は「あの苛烈な戦争は自国民のみならず、他国も傷付けた。平和を希求し、皆さんの友情を灯に復興へと歩んでいく」と述べた。その後、代表者らが碑に花束を添えて、静かに手を合わせた。
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