今月は、少女雑誌「りぼん」が発刊されて60周年ということですが
同じ年の同じ月、森永ヒ素ミルク事件が発覚しました。
同じく60年ということですが
私の世代でも、ピンとこない事件で、若い方にはほとんど知られていない事件なのかもしれません。
赤ちゃんが飲む粉ミルクの中に
身体に害があるヒ素含まれていました。
それを知らずにお母さんから飲ませてもらった赤ちゃん130人が死亡。
脳や身体に重い障がいをもった子など、健康被害は1万3千440人
この事件の弁護団団長だったのが、中坊公平さんでした。
中坊さんが、被害者一人一人から話を聞いていく中で
多くの母親は、あたかも自分が安物の粉ミルクを選んだことに後悔していたといいます。
それは、同じ森永でも、ゴールドミルクには、混入されていなかったからです。
そして
有名な、ある母親とのエピソードがあります。
女性は
17歳という若さでこの世を去った、
『小西タケオ君』という
男の子の母親
タケオ君のお母さんも、
他の親と同じように、
自分の息子が
元気に大きくなって欲しいと、
おっぱいだけではなく、
粉ミルクで栄養を与えていた。
ところが、そのミルクの中に、
ヒ素が含まれていた。
子どものためにと、
粉ミルクを買い求め、
せっせとあげていた母親は、
まさか自分が毒を与えているとは
思いもしなかった。
結局タケオ君は、
脳に重い障害を持つ・・・・。
中坊さんは、
タケオ君のお母さんに語りかける。
「お母さん、タケオ君を育てて、
いろいろ悲しい事や、
苦しい事があったでしょう。
その中で
一番悲しかった事は何でしたか」と…
するとお母さんは答える
「先生、
私はこの子が、
障害を持つ息子が、
生きていくために、
どうしても
覚えておかなければ
ならないと思って、
言葉を教えました。
そして、
この子が生きていくために
必要だからと、
必死で教え込んで、
やっと覚えた言葉が二つありました。
一つ目は“オカア”
二つ目は“マンマ”
という言葉です。
タケオがどんなにダメでも、
「お母さん」と「ご飯」という
言葉だけは教えないとダメだと思って、
私は一生懸命、教え、
やっと、
この二つだけは覚えてくれました。」
「そうでしたか・・・
それは大変だったでしょうね」と
中坊さんは母の話に相槌を打つ。
「でも、先生、
実はこの子は、
私が教えていない言葉を
覚えていたんです。」
タケオ君のお母さんは、
中坊さんを悲しそうに見つめ話し出す。
「先生、タケオが教えていないのに、
憶えていた言葉…
それはね先生…
“アホウ”です。」
タケオ君が生涯で
三つだけ覚えた言葉の、
最後の言葉、
それは
タケオ君が
外に遊びに出るたびに、
周囲の心無い人たちから、
いじめられ投げつけられた言葉だった。
ところが、いじめられても、
タケオ君は決して泣かなかった…。
そんな姿を見て、いじめっ子は
「タケオは泣くことも出来ないアホウ」だと、
「アホウ、アホウ」と、
残酷ないじめを繰り返した。
「先生、
タケオはそんなことがあっても、
何にも言わずに、
いつもボロボロになって
家に帰ってきました。
そして、
私の胸に抱かれて
初めてポロポロと涙を流し、
泣いていたんです」
お母さんは続ける。
「先生、私はタケオに
“アホウ”という言葉を、
ただの一度も
使ったことはありません。
でも、この子が
三つ目に覚えた言葉は
あんなに苦労して
教え込まなければ
覚えることが出来なかったタケオが
覚えた三つ目の言葉は
“アホウ”という言葉なんです…。
タケオにこの言葉を教えたのは
世間です。
先生、
私は何が憎い、悲しいかと
聞かれましたら、
私はタケオに
“アホウ”という言葉を教えた
世間が憎い。」
自らを責める母に
さらに追い討ちをかける
世間の心無い言葉。
言葉は使う者の心根が表に出る。
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言葉がありません。悲しすぎます。
言葉は使う者の心根が表に出る・・・・誠にその通りだと思います。
2015/8/27(木) 午後 6:33 [ tetsumama ]
> tetsumamaさん
言葉 は武器にも、凶器にもなります。
言葉による暴力は 一生消えない傷を心に刻み込み
人の命をも奪うことを自覚していかねば と思います。
2015/8/27(木) 午後 8:26