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東日本大震災発生から半年後
近年に無い台風が9月3日四国に上陸
翌日には岡山に再上陸
過去60年間(当時)で3度 類似した規模・勢力と予測進路を通った台風があり、いずれも甚大な被害をもらたし
ドラマ「岸辺のアルバム」のモデルになった水害をもたらしたのも この台風と似たコースと勢力の台風だったと、警告していた気象予報士もいたほどでした。 年間降水量を1日でしのぐ豪雨は、四国、中国、東海、北関東に被害をもたらし、紀伊半島の山々の深層崩壊もまねきました。 和歌山 奈良 三重の各県で甚大は被害が発生したので、紀伊半島大水害と呼ばれています。 今も20名近い行方不明の方がおられ、2年以上仮設住宅に暮らさざるえない方々もいました。 近年、災害への情報伝達システムの向上がはかられてきていますが
ちょっと過剰で、政治的に利用される向きも感じられます。
自然災害と常に隣り合わせの国土に暮らすには、自然の脅威をいなし、共存していく智慧が必要です。
不必要な不安を煽ることもいりませんが
例えば、津波の想定の高さがハザードマップに記されると
人は、それ以上の高さは来ないと思ってしまい、十分な高さの場所に避難しなくなります。
防災としての情報が、かえって犠牲者を生んだ東日本大震災の教訓を、忘れずに
後世に伝えていかねばと思います。
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要談 「防災・減災」
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あの時はネットで実況状態だった覚えがある。
危機を訴えてた若者とかいたような。
民主党と政府の対応が確実に遅れたことで被害が広まったとも記憶してます。
2015/9/4(金) 午前 0:27 [ seigi552007 ]
> seigi552007さん
はっきり覚えていますよ。
その若者のことも。seigiさんが、奈良の天川村からのツイッターを拡散されたり
ブログやツイッターとを結んで、状況発信を長時間広げておられましたね。
大震災と原発事故の発生から半年経っていましたが、何も学ばなかった当時の政府の対応はひどいものでした。
しかし、現在も防災減災ニューディールなどはどこに行ったのかと思いますけど・・・
2015/9/4(金) 午前 0:38
確かネット上のみんなは震災の時のこともあって、なんとか情報の共有と拡散で救える人を救いたいとテキストからでも感じ取れる雰囲気が醸しだされていた気がします。
それだけ震災ショックが残っていた、みんながネットでできることも試行錯誤してた。
単純に助けたいという思いが溢れていた気がします。
そういう民主に対して政治は常に一歩引いている。
官僚的対応というか・・・
ああいう危機管理環境下で日本の政治の限界が見えてしまう悲しさがありますね。
そういう部分は変えていかないと。
防災減災ニューディールありましたね。dvdまで配って・・・
今や言葉を聞きもしない
2015/9/4(金) 午前 1:07 [ seigi552007 ]