エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「石巻市」

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石巻の「岡田劇場」
江戸時代末期に、芝居などの芸能の興行場として作られ、
そののち「岡田座」と改称し、興行を続けます。
戦後の昭和24年に、映画館「岡田劇場」に。
空前の映画ブームに反映するが、
市内にシネコンができて、衰退。
そして、ルーツにかえって、仕切り直しと、芝居小屋の姿に全面改装。
その5日後に、東日本大震災の津波で、跡形もなく、無くなりました。
岡田劇場はなくなったものの、会社は、各種イベント興行のプロデュースを中心にまだ元気です。
石巻の地で、「岡田座」として興行を初めて、88年の「米寿」の佳節が、
関係者を集めて、行われました。

石巻地方の大衆娯楽文化の拠点として愛された岡田劇場の興行88年を祝う記念ディナーショーが11日、石巻グランドホテルで開かれた。千昌夫、山本譲二、新沼謙治、松原のぶえ、こまどり姉妹ら、そうそうたるスター10組が集い、歌で祝福した。4年半前の津波で流された同劇場=当時石巻市中瀬=を運営してきたオカダプランニングの菅原聖社長(46)=同市山下町=は、震災を経てもなお「88年の伝統を引き継ぎ、地域の文化を支え続けたい」と思いを新たにしている。

 岡田劇場は、長年石巻地方の娯楽文化を支えてきたが震災の津波により流失。それでも同社は各地で映画上映会や演歌コンサート、被災地慰問公演などを開き人々の心に喜びや感動を届けてきた。

 今回のディナーショーは、仙台市で興行師をしていた菅原社長の祖父(故人)が石巻の岡田座(当時)で興行を始めてから88周年を記念したイベント。演歌界をけん引するスターたちが集結し、あいにくの大雨となったが、全国から昼夜の2部に計520人が訪れて、夢のステージを楽しんだ。

 会場の隅で舞台を見つめる菅原社長の胸には、地域とともに歩んできた劇場の思い出のシーンが次々とよみがえっていた。

 ドラゴンボールやドラえもんの映画が多くの子どもたちに夢を与えていた昭和後期から平成初頭、映画館(岡田劇場)での上映に加え、松島町から気仙沼市まで、最大36カ所で「巡回映画」を実施していた。ほとんどが公民館など公共施設を活用したもの。1本の映画を1日4カ所で上映するほどの大盛況だった。

 通常、地方の巡回映画による新作上映には3―4カ月を要するが、同社は1カ月後に行っていた。

 「地方だからといって、都会よりも遅くなるのは嫌だった。子どもたちに早く新作映画を見せてあげたいと思った。どの会場も映画館と変わらない状態にするために、グッズも全て持って行った」と菅原社長。

 しかし、その後の複数の作品を同時上映するシネマコンプレックスの登場で映画業界には大きな変化が訪れた。同社は時代の波に巻き込まれ、来場者は激減。そのうえ23年の震災でシンボルだった岡田劇場は津波にのみ込まれた。

 震災後は更なる時代の変化に直面。映写機がフィルムからデジタルに変わりデジタル設備を導入しなければ映画の上映が困難な状況となった。

 デジタル化に対応できずに閉館する映画館が相次ぐ中で、同社は数千万円の設備を購入。現在は、福島県会津若松市や岩手県大船渡市を中心に新設備を使った巡回映画を展開している。こうした取り組みで各地にも定着してきたことを実感するという。また、石巻でも「金曜映画館」などに協力し続け、地域の人たちに親しまれてきた「岡田劇場」の役割を果たしている。

 次々と困難に直面するが、菅原社長は「震災を経て、生かされた命だと思って頑張っている」と笑う。そして今後も大勢の人へ夢を与え続ける思いを強くしている。


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