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よく、「私なんかが行っていいの?」 「俺なんかが関わっていいの?」
大震災の「支援」や、ボランティア、東北に行くってことだけでも、そのように仰る方が
意外と多いんです。
私は、大義とか、正義感とか、熱い思い、とかで、東北にボランティアに行ったのではなく
報道を毎日見ていて、またブログで情報を発信していて、ただただ じっとしていられなかった
見て見ぬふりができなかった、それだけで、多くの人がそう思ったことだとおもいます。
また、たまたま時間がとれる環境だったから行かせていただけました。
そこに、意義とか意味とか、考えることも無かったし
そんなものを、やる前から考えることって、良い事ではないと思います。
行動起こす前から意義なんてあるわけないですし。
そいうことは、あとによって、ついてくるものだなと感じます。
色々な活動にお誘いする時も、自分で見て感じて、あとは自分で考えてください
と言っているので、その人のその後の行動に、とやかく言いいません。
同調圧力をうむような、みんな一緒に、みたいな運動の理論は時代錯誤です。
それより大事なのは、軽はずみに動くことですよね。
軽挙とも言いますが、とにかくやってみることが、まず先。
そして先導者を見つけることは大切だということを、最近やっと実感してきました。
扇動者ではなく、先導者。
その違いは
先導者は正義を語らず、大言壮語しないということです。
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座談
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被災地を訪れるということに関しては未だに自分も自問してしまうことがありますね。
ただ、現地を見ないでネットの情報やウワサだけで訳知りのようなことを言うべきではないという考えは変わりません。もし時間や旅費などを割けるなら行かないより行った方がよいと自分は言いたいです。「被災者の気持ちに配慮して行動する」ことだけは忘れないで欲しいですが。
2015/10/11(日) 午後 4:48 [ スタリオン ]
> スタさん
自分も、訪れることも、行って地元に帰ったあとも、自問ばかりです。
これでいいのか、あれでよかったのか、あの時こうしてしまったなあ
もがくような気持ちがつのるばかりですが
南相馬のボランセンのセンター長がよく言ってるのが
動機はなんでもいいから、石ころ一つ動かすだけでも復興につながるから来てほしいと。
閖上の語り部さんも、以前はピースサインを見て涙が出た
今は、ピースサインをしてもいいから、来てほしい、忘れないでほしい。
と切実に語っていました。
だから、行こうと思ってます。理由は他にもありますけども。
行く前に自問するなら、行って、それからどうするか考えればいいと思うようになりました。
スタさんの普段の投稿記事の内容や、投稿の方法、構成から、さまざまな配慮や心を感じ、色々と軌道修正させてもらっていますが
それも、通い続けておられるからこそですもんね。
東北、なかんずく福島のことに関して、真実 の名のもとに、どんどん追い詰める発信というものが、大きな抑圧となって、さらに追い込んでいる“真実”には
一向に目をむけない手合いは、今や社
2015/10/12(月) 午前 0:40