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あえて、この言葉を使わせていただきますが
「東日本 津波・原発事故 大震災」が発生して、4年7ヶ月。
単に、何年経ったかなどは問題ではないんですが、温度差を感じる大阪にいると
大きな節目以外の時にも、こうしていかないと、という気持ちがわきます。
もっと明るい話題が良い、前向きな話題を知りたい、
つらい話題は悲しい思いをする人がいる、そんな声もありますが
知りたいなら自分で見つけてもらいたいので
「あの日」なにが起きていたのか、大阪に住む私からも、僭越とは思いますが
これからも残し伝えていきたいと思います。
陸前高田の方にうかがったお話し。
気仙町の方だったように記憶しています。
「津波があった時、そのおじさんは奥さんと逃げていたそうです。
奥さんを先に逃がし、自分もさあ逃げようというところで、津波に流されたそうです。
それを見ていた人たちが
「流れた来た木材につかまって離すなよ!!」と声をかけたと。
助けに行こうとしても、すさまじい濁流の中、それはあまりにも危険。
おじさんは「分かった」と木材につかまっていたそうです。
流れは想像以上に早かったのですが、それでも一旦流れが止まった時
家の屋根につかまることができたと。
しかし、引き波はすごかった。
その屋根ごと、沖の方へ流されていきます。
みんなの視界から、どんどん小さくなる屋根とその上に乗っているおじさん。
ずっと、ずっと沖の方へいってしまった時、おじさんは屋根に立ちあがり
両手をいっぱいに広げて大きく手を振ったそうです。
そして、おじさんは屋根からふっと消えてしまい、姿が見えなくなった。
おじさんは、今も見つかっていません。」
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要談「陸前高田市」
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