テイラー・アンダーソンさん、10代のころから日本に憧れを抱き続け、2008年にアメリカから来日。
英語指導助手ALTとして「外国青年招致事業」で、万石浦小学校に派遣されました。
2011年3月11日午後、津波警報が鳴り響く中、アンダーソンさんは、小学校に残り
教え子を全員親に引き渡すまで、津波の恐怖から逃げませんでした。
そして、最後の1人を親御さんに引き渡してから、自転車で高台に逃げる途中に津波にのまれ
亡くなりました。享年24歳
「青い目のおなご先生」その後に「夢を生きる」というドキュメンタリー映画が製作され
石巻でも上映されました。
石巻市で震災の津波の犠牲となり亡くなった米国人英語指導助手テイラー・アンダーソンさん(当時24)の父親アンディーさん(57)と母親ジーンさん(同)が12日、同市を訪れた。鹿妻小学校ではテイラーさんの指導を受けた児童たちと、思い出を共有した。
テイラーさんの「日米の懸け橋に」という夢を受け継ぎ、夫妻は「テイラー・アンダーソン記念基金」を設立。市内小中学校などに英語の本を寄付してきた。昨年6月からは同基金をNPO法人とし、石巻市で子ども支援を行う団体への助成、学生の交換留学や英語弁論大会などを行っている。
今回の来日はこれらの支援先の視察と交流が目的で、万石浦小学校や石巻高校、石巻専修大学、稲井幼稚園などを訪れた。
このうち平成23年9月に続き2回目となった鹿妻小の訪問では、1年生の時にテイラーさんの指導を受けた6年生児童55人と対面。テイラー文庫の中から、本人が子どもの頃に好きだったという絵本などを読み聞かせた。
その後、子どもたちからはテイラーさんについて「いつも笑顔が素敵だった」などの思い出が語られ、当時教わった英語の歌が夫妻に届けられた。
アンディーさんはテイラーさんを取り上げた書籍から「夢を見つけ夢に生きることが彼女の幸せ」との自身のメッセージを改めて説いた。ジーンさんは「テイラーは皆さんのことを誇りに思っていた」と語りかけていた。
サッカー教室で交流
アンダーソン夫妻は、13日には石巻市立稲井幼稚園(千葉幸子園長)を訪れ、テイラー基金が助成している「コバルトーレ女川サッカー教室」を見学した。教室後のミニゲームにはアンダーソン夫妻も加わり、子どもたちと交流。楽しいひと時を過ごしていた。
伊東柚輝君(5)は「おじさんたちとサッカーができて楽しかった。また一緒に遊びたい」と笑顔を見せた。アンディーさんは「ここにいると娘もいるような気がして、だから何度も訪れてしまう。娘がつないでくれた絆がどんどん大きくなっていることがうれしい」と話していた。
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今晩は、
真の人間とは、こうあらねばならないと自身に言い
聞かせねばなりません。
2015/11/15(日) 午後 9:57 [ - ]
> 鴉-1999さん
いつもありがとうございます。
テイラーさんには生きて語ってほしかった
というのが個人的な感想で、美談が独り歩きするようなことがあってはいけませんが
ご両親としては、遠い地で娘を亡くされて、精一杯の行動なのでしょうね。
テイラーさんの教訓は、津波が来たらまず避難することを
学校としてきちんと教えてあげてほしかったです。
2015/11/15(日) 午後 10:12