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大阪も急に冷え込み、また雨が断続的に降っていたので
最近、幾人か、路上生活をしている人やシートを見かける近くの場所に
カイロと雨合羽をかばんに詰めて、しょうが湯を持って行ってきました。
人は誰もいなかったので、そのまま釜ヶ崎に行こうかと思っていたら、雨が強くなり
自転車なのであきらめて、帰り道に
高架の下で咳をしている人がいて、1人の人が毛布をかけて見舞ってました。
40代か50代に見受ける男女でした。ご夫婦でしょうか。
声をかけると、あまりかまってくれるな、ということでしたが
しょうが湯があることを伝えると、咳をしている人に飲ませてやってくれ
ということでしたので、水筒ごと差し上げたら、色々と事情を話されました。
男性は自分と同じ歳でした。釜ヶ崎などの支援案内や、ハピネスライフの紙を渡して、帰ってきました。
仕事の帰りにまた行ってみますが、支援を受けられるようになってほしい。 |
放談 「貧困・差別・ホームレス」
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これからの季節は過酷な毎日が続くと思いますが、皆さんの善意が頼みの綱です。
この現実を知ると、こうした人たちが「維新」の対象になっていないことに憤りを禁じ得ません。都構想が云々とか東京に負けない大阪なんかよりまず住民の生活基盤を整えることこそ「維新」すべきでしょう。
2015/11/27(金) 午前 9:15 [ スタリオン ]
> スタさん
野宿には厳しい季節が到来してきました。真夏も厳しいのですが。
仰るように、「維新」の対象ではありません。
自己責任ということが、心の根底にありますから。
また「維新」というのも、それを支える市民も含まれて考えていかねばと思います。
政治家も市民も一体で、対象から外してしまいます。
でも、誰もが、他人事ではないんですけども。
今朝出会った方も、そうだったと思います。
先ほど、寄ってみたら、いなくて、毛布などの荷物もありませんでした。
2015/11/27(金) 午後 5:45
同じ歳なんですか…
何で…このような世の中なのに…この人たちの声はとても小さくて肩身の狭い思いで寒さとたたかわなくてはいけないのでしょうか…
悲しくなりますね…
何とか暖かい場所にいてほしいと願うばかりです。
2015/11/27(金) 午後 6:03 [ chi*12*c*n ]
> chi*さん
まだ働き盛りの年齢ですね。そこに至る経緯は様々で、望んだものではなかったはずです。
毛布がなければ、何かの帰りに電車が無くなったかなにかと思いますが
毛布とかばんがあったので、もしかしてと思い声をかけました。
声なき声を、届けていかねばと思います。
でも、拍手喝さいの中で、かき消されていくんです。
2015/11/27(金) 午後 7:04
豊かな時代なんて、豊かなふりしている人の戯言のように聴こえる昨今、誰が路上生活者になっても不思議じゃない状況がすぐ隣にあるように感じてなりません。
だけど、誰もが自分だけは違うって感じて見ないふりしてしているんですよね、きっと。
要領のいい人間が生き抜けて、不器用な正直者が生きにくい世の中。
春風さんのように、手を差し伸べる人がいてくれること、とても大切な活動だと心から思います。
ちっちゃな声に耳を傾けることが政治だと思っていましたが、それは幻想・・・・・・でも、それじゃいけない。
地道ではありますが、弱者の為に活動していくこと、これからも応援させていただきます。
2015/11/27(金) 午後 8:44 [ tetsumama ]
> tetsumamaさん
> tetsumamaさん
大学生の時に、長年釜ヶ崎で支援しおられる方の講演がきっかけで、行くようになりましたが、
それまでは、自分自身も、怖い所、危険な所、自分には関係のない所と思っていました。
社会人になってから、生きるって忍耐しかないのか、と思うようになり
生き辛さを感じるこんな社会で良いのかと疑問を抱きました。
政治家を批判するのは簡単ですが、政治家は痛くも痒くもないんですね。
知れば、ほおっておけない、知らないふりができない
ただそれだけなんですが、たまたま自転車で夜に走っただけで
路上に出られた方に会う、これが現実です。
自分の家族、友人だったら、どうするか、理屈ではないんですね。
2015/11/27(金) 午後 10:22
> tetsumamaさん
応援 ありがとうございます。
2015/11/27(金) 午後 10:22
> 春光さんへ
相手を見る時に、正直凡人である自分のどこかに上から目線で
見てしまう自分の薄汚い心があります。
日常の中に於て内容は省略しますが、嫌な事があった時等に
その心が相手に表れしまう、自分でそれが分かっていつつも
態度に出てしまう、いや全くあほな自分だなと日々反省しております。
相手の立場に置き換えて見ると、今日は人の身明日は我が身
との言葉の通り、このブログ内容を拝読させて頂きながら
先ずは、自分自身の心根を洗い流して行かねばと
つくづく感じました。要は自分の心が垢で汚れておれば
相手には、こち等の心等通じませんですよね。
2015/11/28(土) 午後 8:06 [ - ]
> 鴉-1999さん
いえいえ、私自身の心にも、上から目線や差別心はあります。
いつも、反省と葛藤です。
様々な人たちに接して、自分が見えてきて、どうあるべきか、自問自答のくり返しで、もがき苦しむ毎日です。
何かの行動を起こすって、もがくことばかりだと思います。
俺は分かっている、俺はこれだけやった、俺が 私が・・・
ではなく鴉-1999さんは、とても謙虚に自身を客観的に見つめておられますが
とても素敵だと思っています。
自分のことを、自分の言動を、見つめられない人の方が不幸だと思います。
自分は「良い人」にはなりたくありませんし、正義とか真実とか大嫌いです。
だからありのまま、アホなままなんです。
心が通じるか、ということでは、ありのままの方が、通じるのかもしれないですね。
人と関わっていく中で、行動する中で、様々な気づきがあるように感じていますが、いかがでしょうか。
2015/11/28(土) 午後 11:49