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早川徳次さんは、早川工業、シャープの創業者です。
シャープの本社は、私の家から自転車で15分ほどのところにあり
身近な企業に感じていました。
同じ大阪発の大企業の創始者
松下幸之助が、戦時中は軍部と結託し、戦争が終わるとアメリカ軍とむすびつき、また高度経済成長では、消費者と「むすびついた」、ある意味、悪い意味で、時流をみるに敏であったのと対照的に、シャープの創業者早川徳次は、人として節操がある人でした。
彼は、小学校も出ていません。2歳の時に養子に出され、養子先で生きるか死ぬかの虐待の毎日でした。
それを救ってくれたのは、近所に住んでいた目が不自由な年配の女性でした。 彼女は、身を挺して徳次少年を家から引き離し、錺(かざり)職人さんの弟子にしてくれたのです。 彼の名言
「人の幸せは、自分の努力だけでかちとれない。世間の人たちからの借り物である。人によっては、返さないでいる人もいるが、私は返したい」
彼は、なんと、松下幸之助が軍部と結んで、木製飛行機などの軍事物資で大もうけしているときに、目の不自由な人のために、目の不自由な人のための、工場を作ります。
これが、やがて、早川特選金属工業となります。今は、シャープ特選金属工業となり、障がい者が(社員の半数が障がい者です。しかもそのほとんどが重度)多く働く、IT部品の専門製作企業となっています。 |
雅談
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シャープがそのような事業を行っていたとは全く知りませんでした。このことはもっと評価されてもいいと思います。
また、早川氏が言われるように、人の生きざまは個人の努力だけではどうにもできないところがありますが、今の社会はそういう方向にどんどん仕向けているとしか思えません。
2016/1/5(火) 午後 10:18 [ スタリオン ]
> スタさん
年末年始、釜ヶ崎とは別に、梅田、心斎橋、難波などの繁華街を夜回りしていました。
若い人たちが、路上に寝ていました。
悪いことは自己責任としてしまう、今の社会の風はほんとうに厳しいものがあります。
生きつらい人が、さらに追い込まれる
東北の被災地も深刻だと感じています。
そういう意味でも、地道なつながりが意味をもってくると思います。
自分自身も半分当事者として、なんとかしたい ただただそれだけです。
2016/1/5(火) 午後 11:34