エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

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災害直後、医療関係者によって、トリアージが行われる。
トリアージにおいては、もっとも重篤な人を最優先で、助ける。
その人が、なぜ、そこにいたのかとか、逃げなかったのかとか、
健康保険に入ってるのかとか、人種がどうとか、性別がどうとか。
そういうことは、まったく関係ない。
重篤かどうかだけが問題である。
ならば、精神的な苦しみ、また、社会生活においての苦しみにおいても、「トリアージ」がなされるべきではないのか。
もっとも、苦しい人に対して、人種、性別、家族構成などに関係なく、もっとも手厚い支援が必要でなないのか?
フーコーが指摘するような、規律権力のまなざしは、
災害などの緊急事態においては、
「命を助ける」という本能的な意志において、
破綻にさらされる。
同じように、規律権力のまなざしが、精神的、社会的苦しみの渦中にいる人に対して、ゆらがないのは、おかしい。
(ただし、ここでいうのは、ちょっとしたしんどさは、トリアージで、ほっとかれる、とかいう意味ではないですよ)
身体的な苦痛と、精神的・社会的苦痛がなぜ違うのか。
その上で、苦しみには、トリアージで区別できる「程度の差」があるのか、ということ。
この二段階で考えたいと思います。
ジョンズ・ホプキンス大学の、ヴィーナ・ダス博士が、デリーなどの貧困地域を歩き、見て、考えた、その成果が興味ある。



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