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世阿弥の作品で、こういう問題を扱っています。
鳥を獲ったり、魚を獲ったりする漁師は、殺生の罪があるとされ
きれいに料理されてそれを宮中で食べる皇族貴族には罪は無いとされる
世阿弥の時代の一般的な仏教の考え方に
猟師漁師はそれをしないと生きていかざるをえない、しかし罪人とされることに苦しむ。
罪のために苦しむのではなく、罪だという眼差しに苦しみます。
はたしてそれで良いのか、というのが世阿弥の訴えです。
善悪を単純に二分化するのって、生産的ではないということだろうと思います。
21世紀に入って、小泉政権以降の失政で、生き辛い人が急増していき
時代錯誤の巨大恐竜が、最期のあがきで暴れている現政権下の今も
生き辛い人が追い詰められていますが
しかし、困っている人の周りのNPOなどケアの分野で、力をつけてきている人も増えています。
ネット由来のワンイシューの一時的な盛り上がりに見るように、選択と集中は必ず失敗します。
被災地でも、選択と集中型をとった自治体は復興振興が遅れているという現実が生き彫りになってきました。
地域の結びつき、支え合うことを嫌い、弱い立場の人を切る政権ですから
派手な空中戦より、地味な地上戦、いや地下壕かもしれませんが
アベに対抗するのは、これしかないわけです。
糾弾して自己満足して終わりの「運動家」や「活動家」ではなく
「支援者」「伴走者」です。
横暴な巨大恐竜と共倒れしないためには、よそ見しないで、もぐらのように淡々と穴を掘り進み
そのもぐら道が繋がっていき、社会に張り巡らされていった時に、生き辛い社会もよくなっていく
そう思えてならないです。
脱皮できない蛇は死ぬ
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放談 「社会問題全般」
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