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私のブログ解析でも、こども食堂は常に検索され続けています。
そのこども食堂が、子どものいる場所でなくなってきているのが現状だと。
以前、手洗いを励行させたり、放射能ゼロの食事を、などとうたう子ども食堂が
子どもの居場所になりえないと書きましたが
こちらの地域でも、まず「こども食堂」ありきで、子どもを善意のターゲットにして
結局おとなの居場所、自己表現の場所作りにしようとする動きがありました。
貧困問題、貧困対策のシンボルにしてしまったことが、子ども食堂がうまくいかない原因の一つ
という見方もあります。
災害支援でも同じですが
被災者を善意のターゲットにして、誰が主役か分からない状況を作り出している手合いもまだまだ増殖しています。
子ども食堂も、おとなの経験や嗜好を子どもに押し付けるものが増えて
放射能ゼロの食事みたいな発想にいきついてしまいました。
子どもは外でおもいきり遊んで、動いて、お腹がペコペコになり
それで、お腹いっぱいご飯を食べられる
まずは子ども
そして、実家の雰囲気
ここは、実家の雰囲気があるのか?そこに留意すること。
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放談 「貧困・差別・ホームレス」
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当初は弱者の味方(支援)と称して活動を行っている者がいつの間にか本来の目的から逸脱し、自分の主義・主張の場にすり替わっているパターンはよくありますね。そうした手合いは弱者を踏み台にした上から目線になっていることが多く、被災地にも出やすいので注意が必要だと思います。
親身になって活動している人たちまでこのような輩と同一視されたりして迷惑千万です。
2016/5/29(日) 午後 8:19 [ スタリオン ]
> スタさん
CPAOという大阪の子ども食堂のさきがけとなった所は、とてもよい状況のようですが
全国的に、今、行き詰ってきているようです。
自分は子ども食堂については、積極的に関わってませんが
廻りには何人も
関わっている人がいたり、当事者の人もいて
スタさんが仰るように、上から目線の活動をしている人が増殖しています。
基本的に、自分しか無いんですね・・・
他者が見えていないようです。
一人を支えるということだけでも、苦しんだり、反省したり、悩んだり
そういうものですが、同苦するということが欠如していると
上から目線で、手を洗え、放射能のない食事を、とかに繋がるようです・・・
2016/5/30(月) 午前 7:50