エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「陸前高田市」

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5年前の3月、ニュースから東北、関東の太平洋沿岸部の市町村の名前が
次々に目に、耳に飛び込んできました。
それらの土地勘がまったく無いまま、4月に岩手県陸前高田市に向かいました。
それまで、陸前高田の地名を知りませんでしたが、高田病院屋上からのSOSのサインや、市街地がすべて津波の被害に、そして孤立状態に
そうした報道で最初に覚えた岩手の被災地に地名になりました。
同じ気持ちの方が全国から参集しており、陸前高田のボラセンはパンク状態。
大船渡や大槌、釜石に行ってほしいという声があり、そこからさらに大槌町に向かいました。
それから5年以上が経過。

私の暮らす大阪では、東北に親近感のある人は少なく
地名や位置など、なかなか認識されていないのが現実です。
そうした中で、東北、「被災地」についてお話をする時に
例えば陸前高田市を言う時に、「津波でも残った、一本松のあるところ」と言うと
よほどでないかぎり、「ああ」と反応します。
実際にどの辺りと分からなくても、よくニュースで出てくるあの松のあるところね、と。

一本松の保存は当時、色々言われましたが
賛否は別として、我々のような大阪で、東北をいう時に
そういう「標し」というか、そういうものがあるのは
結果的に効果があるのかもしれないです。

これから初めて東北に行こうとしている人と話しをしてても
一本松のあるところに行ってみようか
となります。
そういうものがなくとも、関心をもって調べれば、それぞれの魅力を引き出すことはできますが
遠い地から目を向けようとする時の、とっかかり、としては、良い効果があるように思います。

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閉じる コメント(2)

開沼氏が言うところの「ブランド被災地」は知名度や支援の面で有利なことが多いと思います。戸羽市長や南三陸町の佐藤町長、南相馬市の桜井市長らはこのメリットに気づいて積極的にメディアやネットを活用した結果、震災に深く関わっていない人でもおおまかなことは知っているようです。1本松の保存(複製)には賛否ありましたが、震災遺構?の保存が上手くいった例かもしれません。

その一方、山元町のブロ友さんは「町側は外部への情報発信が消極的、というより関わって欲しくないスタンスだ」と情報過疎を指摘していました。自分も震災直後は土地カンがなかったので「ブランド被災地」を回っていましたが、周りの人に山元町と言っても「???」だったですね。

2016/9/19(月) 午後 4:13 [ スタリオン ]

> スタさん

高田は「ブランド被災地」の代表格ですね。
あえて、そこだけを、また大阪という目線で書きました。
一本松は寄付によるものでしたが、正直いうと違和感を感じていたんですが
一緒に行った人や、地元の人に東北の話しをする時の
そのブランド力に、ああ、今となっては、効果を感じずにいられないのが
現実だと思いました。

個々においても、商売をされている方、仮設商店街に入っていた方は
情報発信しやすく、人も集まりやすいですが
ほんの一にぎりでしかないですね。
その方々でさえも、大変なまま。

2016/9/19(月) 午後 5:51 春光


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