悩む人ほど健康で人間的である。悩む能力が麻痺していないからだ ナチス・ドイツ下で収容所経験をもつ、ある精神科医の言葉です
昨日放送の、Eテレ・ハートネットTVに、元SEALDsの奥田愛基さんが出演するとのことで、録画して観ました。
はからずも、「有名人」「時の人」にされてしまった奥田さん。
その素顔にとても興味をもっていて、持ち上げられてしまう人にしかわからない
葛藤、悩みがあるのでは、と思っていたら
そのメディアが伝える運動家的 奥田さんとは違う、リアルで、おそらく素に近い1人の奥田さんが、画面の中にいたのではと感じました。
奥田さんには、彼を批判する人よりも、ブログなどで、むやみやたらに持ち上げる
おとなに違和感を感じていました。
メディアやネット上で、作り上げられていった奥田さんではない個の奥田さん。
●奥田さんのご実家は、キリスト教の教会で、お父さんは牧師さん。
お父さんは、ホームレス支援を長く続けている方です。
奥田さんは、中学時代に、いわゆる「いじめ」の対象にされていました。
クラスメイトから突然無視をされ、小学校時代から仲の良かった友だちも、「いじめ」る側にまわり、死んでほしい人リストなるものが作られ、その一位にされてしまう。
当然、不登校になり、自暴自棄になり、死にたい、いなくなりたい
偉そうなことを言ってくるやつ全員死ね、と思ったと告白されてました。
こういうことを言うのって、思い出したくもないし、顔を思い浮かべるのも嫌で
心の体力を使うものですが、淡々と語られていました。
「最初は、自分が「いじめ」られているとは気がつかなかった
しかし、なんでこれくらいのことで、俺は落ち込んているんだろう
次第に段々と全体的にしんどくなっていき
気がついた時には、自分が生きていけない、自分が自分であることが学校では許されない
どういう風に笑うんだっけ? どういう風にしゃべるんだっけ?
となっていった。
人間って文字は人の間と書きますが、自分が笑っているのか、怒っているのか
人を通して分かるというか、俺 今楽しいわ とか、皆といて分かる
そのコミュニケーションを(無視されることで)お前とはとらない、とやられると
自分が本当にここにいるんだろうか、みたいな、そんな気持ちになってきて
透明になっていく、というか、本当にここにいて いいんだろうか(という気持ち)が強くなると、学校で行き来できない、ふさぎこんでしまう・・・」
ご両親は、我が子である奥田さんに対して、追い詰めてしまう行動をとり続けました。
ホームレス支援を続けるお父さんも、我が子に対しては、こんなことでどうするんだ
というオーラを出していたと。
奥田さんは、なにが分かるんだ、という気持ちにどうしてもなってしまう と
そして、部活の帰りに、ブロック塀に頭をなんどもこすりつけて
血だらけになるまで続け、死んでやる という気持ちなったけども
思いとどまって、血が出たまま家に帰り、家族には転んだと言った。
喉まで出ているんだけども、どうしても自分に近い人にいじめられている、無視されていることを説明できなかった。と。
その当時、どんな言葉をかけてほしかったか?
の問いかけに
言葉をつまらせながら
「声をかけてほしいけど、自分がどうしていいか わからない 一緒に考えてほしい
というか、今すぐ解決策をもってこられて、明日からこれ、って言われてもできないし、まず日常生活がちゃんと、おくれてないし
そういう中で一緒にいてほしかった・・・そういう感じですか・・」
そこで涙ぐんでました。
奥田さんは、ある日、偶然目にした新聞記事が転機となりました
2006年11月17日付 朝日新聞に掲載された、鴻上尚史さんの記事
「いじめられているきみへ」
「死なないで 逃げて 逃げて・・・安心して生活できる場所が、ぜったいにあります。
それは、小さな村か南の島かもしれませんが、きっとあります・・・」
奥田さんは、その場所から一度脱出するように、南の島に飛びました。
八重山の鳩間島に転校。
ホームステイ先でも、自傷行為にいたったことも。
「なにか嫌な事があったというわけではないのに、トラウマチックな体験をすると
たまに、すごく汗をかいて夜起きるとか、急激に不安になったりとか安定剤などをめちゃくちゃに飲んでしまうとか、リストカットもしてしまった」と
その時に、ホームステイ先の「お父さん」から、とても怒られた
それは「本当は優しくしたかったが、これだけは絶対に許さないと思って
空怒りして、怒り飛ばしてやったわけですよ。
でも、それは「お父さんの」の作戦勝ちだった」と。
そこで、奥田さんは、どう変わったと思うか?
との問いに
「自分では どうしようも出来ないものを、受け入れる
鳩間島のお父さんのように、絶対に敵わない存在であるとか
圧倒的にきれいな海を見るとか
そういう中で、人は人だし、自分は自分、自分がどうしたいかが問われているし
でも、その中で一緒に生きていく、人との距離感みたいなものが、やっとつかめた」
その後、島から戻り、高校に進学
卒業の二日前に「東日本大震災」が発生し、すぐに現地へボランティアに駆けつけます。
番組では、その後のことも様々に紹介しますが
「いじめ」られていた当時のことを振り返って、今はどうおもっていますか?
と問われ
「今でも、簡単に語っていいことなのかどうか、という躊躇もあるし
当時のいじめられていて、ふさぎこんでいた自分からしたら
なにこいつ、えらそうにみたいな・・・そう思うとおもうんです
でも、逃げてよかったと思うんですよ
逃げたっていうか、そこから脱出できて」
「いじめの構造は、被害者がいて、加害者がいて、暴力を振るわれているか、振るっているか
そういうレベルではなく
すごい、みんな傷つく
誰しもが加害者になったり、被害者になったりする と思うんです。
「いじめ」は無くならないかもしれないけど
それが、「いじめ」だと認識できたいとか
このままでは、僕は僕でいられなくなるとか
誰かのことを傷つけちゃう、死んじゃうって思った時には
違うやり方があるかもしれないってことを、言っていかなきゃならない
今、振り返っても、偉そうにしか言えないんですけど、お前誰やねん、って思うかもしれないですけど
やっぱ、生きててほしい」
奥田さんには、今、全国から講演依頼が殺到しているようですが
語るのは政治のことではなく、いじめの体験や生きることを語っていると。
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奥田さんを批判するおとなより、もちあげる おとなに違和感を感じていたのは
未来の希望 とか 若者の星 とか なんたらかんたら
抽象的な言葉で修飾して、突き放していたことでした。
奥田さんを抽象化して、ヒーローに擁し奉って
自分の政治的思想を託していたことに、吐き気がするほど気持ち悪さを感じていました。
私自身も、この放送を見るまで、メディアから伝わる印象だけでしたが
俺はこうだ いじめがあったから今こうなった 大きな山を乗り越えた
なにがあろうと笑顔で前向きだ
そんな、テカテカ ギラギラ 脂ぎった青年運動家、平和の闘志じゃなく
今も、苦悩し、葛藤し、迷い、もがく、1人の青年と知って
語る姿、選ぶ言葉から、この人 好きだなあと思いました。
たぶん、こうして、取り上げられたり、そんなこと、不本意かもしれないですが
奥田さんが、被災地に行って 当時作った映像
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放談 「自死・暴力」
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