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今さら、(東北の)被災者と支援者などという枠でどうたらこうたら
わざわざ言うってのもどうよ、ってところですが
最初はそういう色合いがあるのは自然なことかもしれないけれど
中には、「可哀そうな人」から「特別な人」になり
有名人と友だちなの的感覚で、擁し奉る御仁がわりと多い。
ところが、ブロ友さん界隈では、それがない。
その方のこれまでを、そのまんまで付き合う
ネット上の顔の見えないおつきあいではなく、むしろ顔の見えるおつきあいの中で
そのまんまにお付き合いをされています。
SNS界隈と何が違うのかと考えてみたら、そういうことだと思いました。
善意で乗りこんで、何かをさせる。特別に扱う。笑顔や前向き志向を強要する。
美辞麗句がつきまとう。
私たちは、笑顔になってもらうために東北に行って会うわけではなく
お互いに、そのまんまで会い、話して、そしてまた会う。
余計なものをわざわざくっつけて、脂ぎったテカテカした人にしようなど毛頭なく
むしろ、余計なものをどんどん削ぎ落して、素のまま。
苦しい時、悲しい時は、その悲しいあなたを受け入れます、その悲しみを共有できたら・・・せめて、半分でも分かち合えたら
そういう気持ちでしかない。
でも、被災された方を、キラキラした存在にして、コテコテにして
ギラギラ、ギトギト、テカテカにして、私はこの人と仲良しなの・・・ってやっちゃう界隈・・・
先月、大川小で追体験をして、やっぱりそうやなあ、と思いました。
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座談
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まさにそうですね。震災直後から一部ボランティアの高圧的な態度に憤りを感じていましたが、被災者をダシにして自分の行動を正当化したり、自己満足の道具にする輩も然りです。
被災者も災害がなければ我々と同じ市民であり、憐れみの対象ではありません。活動するにしても黒子に徹し、自らを誇るのは愚の骨頂だと自分は考えています。
2016/12/5(月) 午後 8:30 [ スタリオン ]
震災がなければどんなにか生活も仕事もまだまだ普通に続いていたと思います。
だけど、震災が起きたから私はここで出会い、実際にお会いすることも実現した訳です。
失うものばかりではなかった。
そう思うと、出会いって良いことなんだと感じます。
幸いにも皆さんいい人ばかりで、
恵まれているとおもいました。
今の自分を特別ではなく、友人の一人として接してくれる皆さんに感謝しています。
2016/12/5(月) 午後 10:33 [ chi*12*c*n ]
> スタさん
ええこと言いたい人、 ええことしたい人
が
いらんこと言うて いらんことしてる現実がありますね
現地へ行くと 言葉を無くし
打ちのめされるような 人生観が変わるほどの現実がありますが
なぜか 承認欲求したがる人が多いです、、、
2016/12/5(月) 午後 10:39
> chi*さん
自分の方が恵まれていると つくづく思っています。
東北の人たち、東北へ行く人たち
皆さん ブログでも なんでも 素のまんま
ええかっこも ええことも 書かない
日常のまんま
さらに なにか運動にもしない
ただそこにあるものを そのまま
それがあまりにも 普通すぎて 気がつかずにいました。
そういう意味では わざわざ書かなくても 良いんだけど
2016/12/5(月) 午後 10:48