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清朝(大清帝国)は、中国の東北部、満州族の中の女真によって再興された後金が
明を滅ぼして中国を治めた満州族による征服王朝。
漢民族の王朝である明に代わって統一中国をおさめ、さらに領土を史上最大に拡張しましたが
それぞれの民族の文化や宗教、伝統を奨励して守り取り入れていきました。
公式文書も漢字を用いつつ、最後まで守ったのが装束でした。
マニアックすぎてめったに書きませんが、昔 清朝を研究していました、、、
皇族、貴人、女官などが宮廷で日常に着る衣装に旗包(チーパオ)があります。
チャイナドレスの原型ですが、チャナドレスは漢族の衣装ではなく、満州族の衣装が原型です。
モンゴルなど北方民族に共通のデザインの旗包
そして特徴的な頭の飾りは、大ローシー、清朝後半に流行り定着しました。
さらに靴も花盆底靴(はなぼんていか・はなぼんぞこくつ)
靴の底が花瓶(花盆)のようなので、こう呼ばれていますが
おしとやかに歩くために底が花瓶型にもりあがっています。
動画の舞踊は、高貴な身分の人が、おしとやかに歩き、優雅にたたずむことを表現しているので
他の中国の舞踊とは雰囲気が違うと思います。
音楽は中和しょう樂という雅楽。
清朝の音楽と踊りの動画を昔から検索して、これというのがなかなか無いんですが
ちょっと紹介してみました
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芸談
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大清の事を潜考した時、この清の柔軟性、寛容性、統治する智恵は凄いと私は思います。
少数の満族が圧倒的に多い漢族、その他の民族、そして広大な領土を支配することは簡単に出来る事ではありません。明国の制度を基本的に踏襲しつつ、独自の統治方式を取り入れていますね。文字や習俗なども守りました。頭は辮髪に変えさせましたが、清国内だけで冊封国に対しては何ら干渉してません。
日本はこの歴史に学んでいれば、朝鮮半島や中国などの一部の国々とこれほどまでに軋轢を生じることも無かったと思います。。日本国内でも日本政府と琉球・おきなわとの確執も無かったと思います。
旗包・チャイナドレスですね。これ面白い事が現代中国で起こってますね。漢族が自らの民族衣装、漢服を分からなくなり、旗包・チャイナドレスを自民族の衣装と・・漢服を着ると日本人や朝鮮人に間違えられてしまい、周囲の人たちと摩擦が起こってしまうといいます。
それだけ満族の支配が漢族の情調というか、心情にまで浸透したのかな?と思います。
2017/1/11(水) 午前 8:52
琉球国は日本と言う大国から見れば、取るに足らない小さい国、わずかな人口。併合より、徹底した日本化教育と、風俗の日本化運動を強制して、沖縄戦で徹底的に国土も文化遺産も焼き尽くされて。施政権返還後も本土並みにと習俗、言葉なども日本化を図ってきた。
桃香苺ミルクo(^-^)o
しかし琉球併合より、140年以上経っているのに、いまだに民族自決権を主張し独立運動、母国語復興また、諸行事、おきなわ暦(旧暦)、民族衣装などの文化を守っているのか?
どうしても私は大きな違いを感じてしまいますね。。
舞踊は纏足でどの程度まで出来たのか?興味ありますね。。
纏足しない現代再現されている舞踊より、もっとゆっくりとした動きだったのでは?と思います。実際はどうだったのか興味あります。
2017/1/11(水) 午前 8:52
> 桃香☆彡さん
仰る通りですね、ローマ帝国もそうでしたし、秦もそうでした。
征服した経緯は別としても、その地域、国の文化や宗教などを尊重しました。
北京の紫禁城に行くと、ラマ教、チベット仏教、イスラームなど
寺院や経典が残されており
建物の多くに、漢字と満州文字の扁額がありました。
日本は我賢しの国ですから、中国や当時の朝鮮では、同化政策を推し進めました。
朝鮮では創氏改名まで。
今、その亡霊がウヨウヨと動き回ってますね。
旗包を漢族の人たちが自民族の衣装として着ている
親が教えないのか、親から分かってないのか
漢族の民族意識の薄れなのでしょうか。
2017/1/11(水) 午前 10:44
> 桃香☆彡さん
日本は沖縄を侵略し、同化し、なんども捨て駒にし、今も押さえつけています。
清国とは違う征服をしていますから
桃香さんの指摘に賛同です。
だから、今の沖縄の動きがあると思います。
纏足は満州族の風習ではないので、清朝の舞踊には影響ないとは思いますが
ただ仰るように、この動画の舞踊は、ちょっと早いと思います。
それでも、まだ当時のスピードに近いと思われる動画をあげました。
26年前に北京歌舞団が復興させた満州族の舞踊を見ましたが
所作もきれいで、テンポももっとゆっくりで優雅でした。
この動画のように、西太后がくるくるスピンするのなどはありえないですね(笑)
2017/1/11(水) 午前 10:54
すみません。私の言葉が足りなかったのと、表現が拙かったですね。
半分説明が足りなかったです。。
確かに騎馬民族の満族は纏足しませんし、旗袍も馬に乗って狩りをする為に動き易くしてます。纏足したら馬に乗れませんね。
馬蹄底靴は身分の高い女性のみが許されて履いたものですね、
長衣の裾を引き摺らないようにするためでもあったでしょうし。バランス感覚と優雅に歩く、体型維持などの理由もあったかもしれません。
2017/1/11(水) 午後 1:47
動画は身分の高い女性が花盆底靴を履いて粗雑(こう言うと失礼ですが)な踊り?と思います。
桃香苺ミルクo(^-^)o
それと満族ではなくて、纏足していた人たちですね。現在でも山東省などで纏足まつりがあり、纏足の踊り(現代にも伝わっている)を披露しているようです。もちろん今は纏足をしているように見える様にしているだけですが・・・
貴族女性の踊り、一般の纏足女性の舞踊。。纏足やっていてどの程度まで出来たのか?興味ありますね。。
琉球舞踊でも貴族と一般庶民の舞踊とでは、テンポが違います。
因みに私は日本舞踊(花柳流)を習っていますが、なかなか進歩してません。
漢族の人たちは高齢者から、自民族の衣装分からなくなっているようです。寧ろ若い世代の人たちが、忘れずに継承発展と普及啓発しているようです。
2017/1/11(水) 午後 1:48
> 桃香☆彡さん
いえいえ、桃香さんが知らないとは思っていませんし
むしろ、自分より詳しいと思いますから、想像はしていましたよ。
日本舞踊は、手を揃えたり、所作が独特だったりしますし
足の動きも世界にない所作が多いので、難しいと聴きます。
日本で民族や愛国というと、すぐに極端な方向にされたり、見られますが
大切にしなければならないものってありますよね。
2017/1/17(火) 午前 4:13