エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

要談「大川小学校」

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今も放送を続けるNHK「あの日わたしは 証言記録 東日本大震災」
たびたび当ブログでも紹介させていただいていますが
先日も、現石巻市の大川小学校が取りあげられました。
今回は大川小の校舎の設計者さんが登場されました。

大川小学校の事件を知った2011年3月、最初の印象がやはり、そのモダンな設計の校舎でした。
私立の学校かと思うような設計ですが、やはり地元でも、公立小では珍しいモダンな校舎は評判を呼んでいたようです。

設計者さんは、自分が設計した建物が、悲劇の舞台となったことに、ずっと負い目を感じてこられたと。
「建物の被害は、建築家ですから、修復できますが、亡くなった命は元に戻らないから、申し訳なかった」と語ります。

設計事務所は東京にありますが、設計者さんのおつれあいが、大川地区の出身ということで、30年前に大川小学校の新しい校舎の設計を請け負うことになり
役場からは、町のシンボルとなるような、学校建築を作ってほしい、と依頼されます。

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イベントや遊び場として使える小ホール、特注のタイルを使った外壁など
校舎が完成した時、町の皆さんが喜んでくれた、と語ります。

「生徒が、できあがったのを見て、そういう施設を全部走り回ってみるんですね
その光景は良かったなという印象ですね」

2011年3月11日、およそ9mの大津波が小学校をおそいました。
全児童の7割が亡くなり、小学校の校舎は町の人にとって、またたく間に忌まわしき記憶へと変わってしまいます。

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設計時、地震に対しては入念な対策をこうじていたものの、津波に対しては
想定しておらず、行政側からも注文がなかった、設計者さんも、考えなかったというのが盲点だった、と
さらにもう一点、設計者さんは後悔していることがあると、それは
最初の設計時に、小学校の避難場所になっていたかもしれない建物を考えていたことです。
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「裏山に野外教室ができないかというのを、地元の行政側に相談したんですね
『この山は町の山じゃないのか』と聞いたら、『違う、民有地だからちょっと無理でしょう』と
(もしそれができていれば、裏山に)登った可能性もあったんではないかと残念に思うんです」

強く実現を求めなかったことを悔やんだ設計者さんは、5年ものあいだ、小学校の設計者であることを名乗れませんでした。

しかし、昨年の3月、大川小卒業生らの声によって、被災した校舎が「震災遺構」として残されることが決まったことで、それまでの気持ちを一変しました。
そして、震災後に一度も会っていなかったご遺族のもとを訪れました。
その後、ご遺族の気持ちを受けて、校舎保存のために協力させてほしいと申し出られました。

「最初に手をつけた関係者、始めた関係者でもあるという責任も感じていますので
提案もして、協力していきたいという気持ちですね今は」


2016年11月当方で撮影
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閉じる コメント(6)

この辺りの土地は、田舎だから学校の近くには、必ずと言ってもいい程山が近くにあります。
地元の人間は、誰しも山に登る機会って大川だけに限らずあるはずなんです。私も、学生の頃は、地元の山はもちろん、行事で近くの上品山、北上町の山、馬っこ山、沢山登りました。
モダンで素敵な学校ですが、裏に山があるのだから、やはりこの設計士さんだとて山へ避難するものと思う気持ちは、この状態になった後でも、少なからず思ったはずですよ。だからこそ、遺族は何で?がずっと消えないでいるのではないかとおもうのですが、個人的な意見なのでみんながみんなそうでは、無かった結果なんでしょうか。
今だにわかりませんよね。

2017/3/9(木) 午前 9:06 [ chi*12*c*n ]

> chi*さん

今まで、chiさんからも、ハマさん、S先生、T君のお父さん、他いろいろなお話しを伺ってきましたが
この設計者さんの気持ちと、chiさんのコメントで、今までと違って、ストンと見えた気がしました。
だから そうなんだって感じます。
昨年訪れた時に、いわゆる追体験のようなことをして、以後、何度も大川小の夢を観るんです。
僭越な事は分かっていますが、ほんの少し、理解できそうな気がしてきました。

2017/3/9(木) 午後 9:00 春光

自分の設計した学校が悲劇の象徴になるとは、苦悩という言葉が生易しいくらい自分を責めたのではないかと察します。この方に責任云々は無いですし、裏山が避難場所であろうとなかろうと子供たちは裏山への避難を訴えています。
しかも学校側や教育委員会と違い、遺族と向き合おうとするところからも実直さを察することができます。

2017/3/9(木) 午後 10:36 [ スタリオン ]

個々の防災意識の問題でしょうか、私個人的な意見として、あの日にそこにいた友人の話も元に考えると
地元の人が、今になっても口を閉ざす理由は、そこなんじゃないですか?みんなが目を背けていることからあえて、切り込むようなことを言えば、恨まれたりするし
逆に被害者みたいになられても困るしね。
だけど、真実を突き止めるには必要なことなんですが、触れないようにしなくちゃ傷つく人が出てくるのも事実だし、なんかなんかですよねー

2017/3/9(木) 午後 10:56 [ chi*12*c*n ]

> スタさん

仰るように、避難場所があろうがなかろうが、あの山へは登れました。津波の高さを考えても、そう高くない場所でもじゅうぶんでした。
結果に対して、色々と思いますが、設計し、しかも、こういう提案をしていた経緯があれば、設計者さんの気持ちも察するものがあります。

番組は5分間で編集されていますから、スタさんがいうように、苦悩という言葉は生易しいと思います。
それだけの事が起きたということですね。

今、福島県から移住した生徒さんや、大阪の小学校開設をめぐる事件が連日報道されていますが
教育や学校や行政のあり方というものを、大川小をとりまくことと思い合わせて考えています。

2017/3/9(木) 午後 11:09 春光

> chi*さん

chiさんが最初のコメントから言葉を選び、配慮をされているのを感じて、同じことを思いました。
だから絆とか希望とか前向きとかで十把一からげにするなよって思います。
もう 支援の手を差し伸ばす時期ではない、自立しないといけない時期
とか ええかげんにせんかいって 思います。

2017/3/10(金) 午前 7:59 春光


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