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いつの頃か、「批判だけでなくて、代案を」というようなことが言われるようになった。
誰がどう言い出したのかわからないけれども、おかしな話だと思う。 批判と代案は独立であり、批判は批判で大切にきまっているからである。 諸国の議会の様子を見ていると、与党に対する野党の役割は、何よりも「批判」である。 しかも、容赦ない、過酷なまでの批判である。 英国でも、アメリカでも、その他の国でも、野党は与党の政策を徹底的に批判する。それが野党の存在意義だからだ。 批判は、カトリック教会における「悪魔の代理人」に似ている。提案されたある政策に、どのような欠陥があるのか、矛盾があるのか、岡目八目で検討し、批判する。そのために野党があるのであって、批判のない野党はない。 そもそも、野党に相当する英語は、oppositionである。最初から、与党に対立するものとしてそれが前提とされ、期待されているのである。そうでなければ、野党の存在意義がないと言えるだろう。 野党に対して、「批判よりも代案を」というのは、議会制民主主義の本質を知らない人だ。 「批判だけでなくて、代案を」という一見もっともらしいスローガンの矛盾は、野党の代案が通る確率がそもそも低い、ということからもわかる。むろん、与党との話し合いで代案の一部が反映されることはあるかもしれない。 その場合も、十分な批判がなければ、そもそも議会が機能しない。 諸外国に比べて、日本の野党による与党の批判は、むしろ、まだまだ生ぬるい方だと私は感じる。これは、日本人気質によるところが大きいのかもしれない。日本の政治に必要なのは、代案よりも、むしろ、より本質をとらえた、容赦ない批判の方だろう。 |
政談 「全般」
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全くその通りだと思います。
批判があってその上でよりましなように、批判する側野党の意見を取り入れていく、それが本来の議会制であるべき姿です。
批判より対(代)案をというと言う事について、私はもう一つ気になることがあります。
政党間、国会議員同士ならともかくも。。。
国が地方に、また政党や議員が、一般市民団体、或いは個人に批判するより代案と言う事について。非常に気持ち悪さを感じます。
地方は国の政策について反対、また批判だけでいいと思います。
それを代案を出せ。出せないなら盾突くな・・・
市民団体、個人に対しても代案を出せ、出せないなら反対するな。。
これでは、もう民主主義ではないと思います。
国民が嫌だから反対や批判をするこれで充分でしょう、
国民が納得いくように更なる案を示す。また説明、理解を求める事も
官僚や政治家の仕事でしょう。
それを市民に代案を示せでは民主主義の崩壊です。黙って従えろは独裁体制です。
安保法制に反対と声を上げた市民に国を守る代案をあるのか?代案を出せないなら批判するな。。
これが、議員や政党が市民に向かっ
2017/4/13(木) 午前 0:17
これが、議員や政党が市民に向かって言う言葉か?
桃香苺ミルクo(^-^)o
新基地反対というと、国防はどうする?危険性の除去、負担軽減はどうする?代案を出せないなら反対するな。。
これが基地建設の為に銃剣とブルドーザーで土地を奪われた人たちに向かっていう言葉か?
侵略、併合され、捨て石にされ、身売りされた地方に向かって言う言葉か?
これがまかり通っている日本は本当に自由、民主主義国家?と疑います。
これを疑問に思わない国民も、欧米の議会制民主主義のものまねだけで。精神性は、お上の言う事は何でもという封建的卑屈さから抜け出せていないのだと私は思います。
現在の野党に批判する力が無い。。政党間の批判力もない。。
大きな問題ですし、それを絶対に受付無いという与党も大問題です。
2017/4/13(木) 午前 0:22
> 桃香☆彡さん
与党による「対案」「代庵」を出せなどと言う発言には
とても傲慢さを感じます。
未だに政治は妥協などと言ったり・・・
批判ばかり・・・とか、批判のための批判とか・・・
議会制というのは、そこを否定したら終わりだとおもうんですけども
立場によって、傲慢になったり、卑屈になったり
島国根性のわずらわしい一面を感じます。
2017/4/14(金) 午後 11:40