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がんばらなくて よか、がんばらなくて よかよ。
泣いてよか、安心して泣いてよかよ。
がんばれなくて当然です。
今までがんばって、がんばって、がんばってきたんだから。
がんばれない人がいるのが、自然なことだからね。
「被災者」になったら、いっぱい手続きが増えて、いっぱい列に並んで
何度も役所に行って、知らない人からいっぱい声をかけられ
テレビや新聞や雑誌に撮られ、やったこともない日曜大工をさせられたり
そうして、がんばって、がんばって、前を向いて進んできて
それでも、がんばれ、前を向こう、顔をあげよう、笑顔を作ろうと
励まされ続けて
泣くことも忘れて、現実すら受け入れられず、ひたすらがんばって
節目がきたらメディアがこぞって来て
過ぎたら見向きもされず、そこにすら入らない人も沢山いて
「被災者」のために何かしている 私うれしい、私たのしい、わたし大好き
の県外から笑顔を要求され、追い立てられて、がんばってきたんだから
がんばれないなら、がんばらなくていい。
つらい、しんどい、苦しい、泣きたい、なにもする気がしなくなった
って吐けばいいですよ。
生きて、生活をして、人と関わるだけで
無声の「がんばれ圧」を感じる社会ですからね。
がんばれる人もいて、がんばらなくては生きていけないと思う人もいて
がんばれない人もいて
でも、がんばらなくていい、泣いたらいい って思っている人が
沢山そっと見守っています。
こういうことも、差し出がましいですが
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要談「国内被災地」
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次の記事もそうですが、「善意の押し付け」がどれだけ人を苦しめているか考えていない者があまりに多いことを痛感します。「善意」という行為には批判を許さない空気があり、ますますこうした手合いが増長している気がします。
今の時代は思考が単純化し、自称「有識者」や「意識高い系」な人は善悪とか二者択一しか論じない(選択できない)底の浅さが目に付きます。
2017/4/15(土) 午後 6:13 [ スタリオン ]
> スタさん
スタさんもよく指摘されていることにも通じると思っていますが
批判を許さない空気、同調圧力が蔓延していますね。
善悪の単純化、二分化も問題ですが、段々それが顕著になってきました。
ボランティアでスイッチが入った手合いには
私大好き人間も多く、それこそ底の浅い価値感が、さも正しいこととして共有されています。
災害ボランティアなのに、はしゃぐ人もいますし
でも、そういう人ほど、自分が一番がんばっていて、苦労をしていると思っているものです。
一番他人にに苦労を強いているんですけどね・・・
2017/4/15(土) 午後 7:47