エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

座談

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やれ、復興支援
やれ、ボランティア
やれ、思いがなんたらかんたら
やれ、笑顔のうんたらかんたら
やれ、命のなんとかかんとかああ!

みたいな、そこでなにかをやっている気持ち良さを表現するコトバ
って、もう要らんねえ
そろそろ気がついていかんとお 
打たれ強くて、いつも笑顔で前向きで、他人に「負けたらあかん」とか
簡単に言う人って、他人の心の痛みが分からん人なんかなあ
当事者を置き去りにした妄想満載カルトトークで、ええ気持に浸っていたい神経・・・
ああ、気がついたら、他人事ではなかったり。

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ブッダが語った言葉に最も近い経典「スッタ・ニパータ」は
シンプルだから核心をついています。
その中に「犀(サイ)の角のように ただ独り歩め」とあります。
もとはパーリ語ですけども、中村元先生の訳で

あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、あらゆる生きもののいずれをも悩(なや)ますことなく、また子を欲するなかれ。況(いわ)んや朋友(ほうゆう)をや。犀の角のようにただ独り歩め。

われらは実に朋友を得る幸を讃(ほ)め称(たた)える。自分よりも勝れあるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め

学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁(こうまい)・明敏(めいびん)な友と交われ。
いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。

今のひとびとは自分の利益のために交わりを結び、また他人に奉仕する。今日、利益をめざさない友は、得がたい。自分の利益のみを知る人間は、きたならしい。犀の角のようにただ独り歩め。


という具合に紡がれています。
ブッダが最後に語った言葉という説も。
動物のインドサイは群れで行動しないので、サイの一本角を例えて
社会の悩みの最たる人間関係に距離を置き、サイの角のように独り自分の歩みを進みなさい。
と、かなりざっくりと言うと、そういうことですが
ただたた、独りで生きろということではなく、今の社会で組織だったり、主従のような上下関係、やたらと言われるようになった「絆」など、強い繋がりを求められる関係性から、こぼれ落ちた時に、孤独を感じ、つながりを実感できない孤独に苦しみや、痛みを感じたり・・・
でも、孤独を恐れることはないよ と。

われらは実に朋友を得る幸を讃(ほ)め称(たた)える。自分よりも勝れあるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め

学識ゆたかで真理をわきまえ、高邁(こうまい)・明敏(めいびん)な友と交われ。
いろいろと為になることがらを知り、疑惑を除き去って、犀の角のようにただ独り歩め。

しかし、優れた盟友とは交流しよう、と。
ここでいう盟友とは、人間に限ったものではないのかもしれませんが
仕事、趣味、学問、社会活動なども含まれたら、とても気持ちが楽になるようにも。

まあでも、切り文で、なにかを分かったようなことを書くつもりはないですけど
私自身、社会の一線からドロップアウトせざるえなくなり
生活も困窮し、ただただ弱者の一人という感じですけど
上昇(常勝)志向みたいなものから脱却して、盟友を幾人も得て
さまざまな余計なものを削いでいって
大変な状況の方々の話しを聞いたり、聞いてもらったりして
弱音を聞き、弱音を吐き、もちつもたれつ
淡々と起こることに対処しつつ
今日を過ごしているのが、ええなあと思っとります。
成功体験とか、ええ話しとか、感動話しとか、ほんまに、どうでもええですね。


しなくてもいい競争を強いられ、「悪」や「敵」を作られて、それとの戦いに動員される人生って、
むなしくないですか?

「スッタニパータ」を読めば、まさに仏教は、そういう「上昇(常勝)志向」こそが、
生老病死の苦しみの原因そのものであることを、見切ったということが分かります。

勝てばむなしい。勝てば傲慢になる。勝てば、人生の色彩が分からなくなる。



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10数年前、高校生の時の話なので、出典もあやふや、言葉も正確ではありませんが、経典「スッタ・ニパータ」の言葉からだったと思います。そこに書かれてあった、文から少しまとめて
『百万人に勝つよりも、一人の自分自身に克つ者こそ、じつに偉大な勝利者である。』釈尊。と記事にしました。

春光さんの言われるように、しなくてもいい競争を強いられ、「悪」や「敵」を作る。上昇(常勝)志向」こそが、 生老病死の苦しみの原因。。と云うようなことだったと思います。

ですから、百万(無数の)敵に、悪に、勝負に、相手に『勝つ』のではなく、自分自身に『克つ』者。
ただ弱者で弱音を吐き、そこで止まって進まないというのではなく、と言って、上昇(常勝)志向というものでもなく。苦悩に押し潰されて、身動きが出来ないでは意味が無い。押し潰されてしまいそうな苦しい中からでも、たとえ歩みが遅くとも、前進する
進む努力、自己に打ち克つ者が偉大な勝利者という意味の言葉でした。
経文も意味も記憶もあやふやながら、ブッダはそういう事を云いたかったのであろうと。 いうことで記事にしました。

桃香苺ミルクo(^-^)o

2017/6/25(日) 午後 11:59 桃香☆彡

> 桃香☆彡さん

仏教を信奉しながら、およど、仏教や宗教とは程遠い、選挙運動や機関紙の購読推進活動に動員されて、そして、仮想敵を立てられ、それを攻撃することで
自分たちの立ち位置を知り、大勝利大勝利と叫び続ける某団体に対する指摘です。

スッタニパータはある意味、仏教の原点ともいえます
そこに立ちかえれば、なによやっているんだろうと、気づくでしょうね。
でも、国防婦人会化してきているので、もう無理です。
ですから、そういう所とは距離を置くのが一番です。

2017/6/26(月) 午後 9:44 春光


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