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あしかけ4年、実質ほぼ2年ぶりに、岡山ファミリーと奈良へ。
前回の春日大社、若草山、東大寺に続いて、今回は薬師寺。
薬師寺には、信仰上というより、建築として思い入れがあります。
1300年ほど前の白鳳時代創建時は大伽藍を備えた随一の寺院でしたが
その後の災害、1528年の兵火でほとんど灰燼に帰し、以来、つい半世紀ほど前までは
唯一当時から残った国宝「東塔」と仮本堂だけの小さい寺院でした。
400年以上経て、薬師寺を白鳳時代の伽藍に復興しようという計画が発願され
まずメインテンプルである「金堂」をはじめ、西塔や大講堂、回廊などが復興
現在は国宝の東塔が修復工事されており、半世紀かけての大事業が行われています。
宗教が建築物によって誇示したり、建築が目的になることの是非は別として
金堂再建では、当時、日本一の宮大工として建築界では有名な
当ブログでも過去に取り上げた「西岡常一」棟梁が金堂の再建の棟梁として手腕をふるいました。
古文書に柱の高さと、二階建て各階が二重という以外に金堂の資料が無く
類似する建造物が他に無い状況からのスタート。
境内の発掘調査で出土した、基礎や雨水を流す側溝から、柱の数や屋根の大きさを割り出し
一年がかりで書きあげた設計図は、ミリ単位の寸法で構成、組み立てるパーツは数十万。
鳳凰が羽ばたくような屋根の形状は、設計図より5cm上に反っており
それは屋根自体の重みで少しずつ屋根が下がり、1000年後に設計図通りになるように組まれていると。
それも西岡棟梁の指示によるもの。
また建設に伴う莫大な資金は、当時の住職がテレビ出演などして
写経を呼びかけ、写経料を収めてもらい資金に充てたと。
書きだすと限がないですが、いろいろなことの積み重なりによって、450年ぶりに再建された薬師寺金堂。
隅々を眺めて堪能してきました。
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要談「大阪府・ 関西」
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