画像は、「摂津名所図会」の今宮蛭子大神宮。
「戎」ではなく「蛭子」。
また、明治以前なので「今宮えべっさん」も「大神宮」です。
「えびす」は、もともと、蛭子(障がい児)
戎(武器を持った野蛮人)
夷(異民族)で、(恵比寿、恵美須は、当て字)
エビスは国のエライ人が、北方南方の民族や、障がい者を差別するために使われていた言葉でした。
しかし「マレビト」(幸福をもたらす貴重な存在)として、障がい者や異民族を神としてまつろうという信仰です。
「えべっさんにお参りしようとおもたら、正面からやったらあかんで、裏に回って大声で呼ぶ。えべっさんは、耳が遠うて、足が悪い」
と言われてました。
日本の神話には、二人の神様がいて、産まれてきた子の一人が蛭子だったから川に流した、という話しが出てきます。
昔はそういう風習があった地域もあります。
流された子(おそらくご遺体)を漁師が発見し、それを神として祀った。
その伝説が残るのが石津神社(大阪・堺)で、石津神社が日本で最初の蛭子エビス神社です。
エビスというのは、元々異民族とか障がい者、ハンセン病の人たちを、かわいそうと、むしろ大事にしようという人たちがいて、その神社でした。
商売の神様とか、商売繁盛で笹持ってこい、エビスさんが聴いたら怒るでしょうな。
今宮戎は今も、恵比寿とは書かずに戎と書きますが
明治時代までは
『えべっさんにお参りする時は、裏から参りやー
えべっさんは、耳遠いし、足が不自由やから、こっちから近づいてあげなあかんで」
と、本来の身体の不自由な人を大切にしようという風習が残ってました。
ところが、商売好きの神主がいたんでしょう、商売繁盛の神さんに仕立てあげ、欲の皮が突っ張った人々が来るようになり、時代を経て今に至るようになりました。
だから、戎や夷、蛭子を
恵 比 寿 という、いかにもゴージャスな漢字を当てはめ、まったく別のものにしてしまいました。いわばカルトなんですが、今さら取り返しはつかないです。
身体の不自由な人を大事にするという、本来の意味から言えば
高齢者施設で働いたり、障がい者の生活を支えることは、毎日えべっさんにお参りしているのと同じです。
商売繁昌で笹?
何の宗教やねん?
Redacteur social et activiste
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う〜む、元々エビスにそのような意味があったとは…。しかもそうした異端の人たちを敬ったり保護していたという歴史は殆ど知らされていませんね。それがいつの間にか「商売繁盛」やめでたいものにすり替えられたとは。
大和朝廷が東北の民を蝦夷として討伐したように、自分たちと文化や風習が違うものを弾圧、排除する行為は日本人の悪しきDNAとして引き継がれているのではないか?と思わざるを得ません。
2018/1/10(水) 午後 8:26 [ スタリオン ]
> スタさん
商売繁盛、、、なにわの商人がなんたら、、とか
結局 自分の懐を肥やすための神さん?ってなんやねん
全然神対応してないやん ってことです、、、
世の中で常識と思われているものって、だいたいそんな感じではないかと思います。
初詣 えべっさん 節分 恵方巻き、、、皆 商売のために生まれたものですね、、、
日本中にある「明神」や「天神」
明神は平将門を滅ぼした方が、敵である平将門の霊を慰霊するために作り
天神の天満宮も菅原道真をうった敵側が、敵である道真の霊を慰めるために建てられたもので、母なる大自然に神性を実感する中で人々の融和を計っていく
これが神道の考え方、あり方だったということですが
ナショナリズムにつなげたり、商売につなげたり
おかしなことになってますが、多くの人は、興味が無いことでしょうけども、、、
30年ほど前に、関西の某酒造会社の当時の社長が、東北の方々を差別して問題になりました。
21世紀の今も指摘されるようなDNAは引き継がれていると感じます。
2018/1/10(水) 午後 9:43