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転載元 河北新報オンライン様
宮城県警は30日、石巻市門脇町5丁目で2011年3月に見つかった遺体の身元が、東日本大震災で行方不明になった市内の女性パート職員=当時(58)=と判明したと発表した。遺骨は29日、女性の夫に引き渡された。 日和幼稚園の名前は様々なことで目にしてきましたが
バスに同乗されていた職員さんが、7年ぶりにご家族のもとに帰られました。
先日は陸前高田 広田湾でも、御遺骨が発見されました。
大震災はまだ続いています。
「いつまで悲しむな、前を向こう 」
という言葉は、やはり こうしたことにも目をつむる言質に感じます。
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要談「石巻市」
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職員さんと書いてあるけど幼稚園バスの補助さんって一般の人が多いんですよね。うちの母も地元ね幼稚園バスに乗っていた時期があるからわかります。家庭もあっただろうし、指示に従っただけで命を落とすなんて、、、家族は悔しくて仕方ないよね
石巻では10名身元不明の方たちがいますが、おばちゃんもいるような気すると旦那が言います。
遺体が上がって身元不明だなんて、でも、判明するまでこんなに年月が経つんですよね。それでも見つからない家族は見つかるまで待ち続けることでしょう。見つからない人が千人超えているのだから、希望は、もちたいです。
必ず見つけたいですよね。
それにしても、運転手さんたすけなかっただなんて、犠牲になったのは、子供たちだけじゃなかったんですね。家族の元に帰れて良かったよ。震災では亡き人が帰れば良かったと、言う表現をするようになってしまいました。
2018/1/31(水) 午後 8:47 [ chi*12*c*n ]
> chi*さん
バスの補助さん、コメントを見て、以前の職場でもやってた方がいたのを思いだしました。
それで、この記事がとてもリアルに感じました。
陸前高田市のお寺で、市内で発見された身元が不明の方の御遺骨が埋葬されていました。
3年前には雄勝の不明だった方が、手紙の封筒の切手の裏の唾液からDNAを採取して身元確認できたというニュースもありました。
大震災発生直前に、その以前に兵庫であった川の増水で行方不明になったお孫さんの、死亡届けの手続きをしたおじいちゃんのニュースがありました。
そうした色々な方々の気持ちを想像しますが、「亡き人が帰れば、良かった と表現するようになってしまった」この言葉が代弁しているように感じました。
2018/1/31(水) 午後 11:43
あの地域は直後の大規模火災で遺体の損傷も激しかったと思いますが、身元の判明にこぎ着けた関係者の執念には頭が下がります。
言われるように遺体(遺骨)が見つかりながら身元不明のまま引き取り手がない無縁仏はさぞかしご無念だと思います。
2018/2/1(木) 午後 3:52 [ スタリオン ]
> スタさん
当時、自衛隊の方々を中心に、言葉では言い表せない大変な作業
また身元判明への執念には、同じく頭が下がります。
スポーツで活躍した人よりも、国民栄誉賞が贈られてしかるべき人々が、どれほど多くおられるかと思います。(その方々は望んでないでしょうけど)
誰も、自分の人生が、生命が、突然絶たれるとは想像もしなかった
その無念を忘れたらあかん、他人事にしたらあかん
とあらためて思いました。
2018/2/1(木) 午後 5:09