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世の中には、亡くなった方の顔の相や亡くなり方で、成仏しているだの地獄に堕ちただの
非人間的差別を平然と言ってのける人が多くいますけど、、、
それとは次元が違いすぎます。
転載元 中外日報様
死の文化を豊かに」と訴える医師、ノンフィクション作家 徳永進さん
死の現場で進む「社会の定置網化」
臨床医として、これまで数え切れないほど多くの人たちの死に立ち会ってきた。死は人々を緊張させ、自由な言葉や行動を失わせる。生はマルで死はバツ。日本では死を「悪いこと」だとタブー視し、ネガティブに捉える傾向は今も根強い。そうした風潮に「死はもっと自由なものだ」と医療の現場で、言論の世界で異を唱えてきた。
医療現場や社会でマニュアル化、「定置網化」が進み、奪われる死と生の味わい。自分で考え動き、豊かな「死の文化」を取り戻そうと訴える。 死とは何でしょうか。
徳永分かりません。民衆が象をなでるようなイメージがあって、全体が分からない。一つ一つの穴からこんな死だった、あんな死だったと見ているだけ。穴の奥にはいつもいるが、穴から死全体は見えません。
身体について言えば、遺体は人それぞれで、正しい解剖図を持った遺体はありません。そういう不思議な物体を持ったものが人間なのです。
身体はミルフィーユのように重層的な不思議な構造を持っています。伝統中国医学でいう五臓六腑の「三焦」は何を指しているのか分からない。でもそれでいいのです。分からないものを含んだ身体。その尊さがご遺体にはある。身体そのものが不思議な奇跡の現象であり、その身体をもって生きていることへの敬意があります。
分からない死と臨床現場で日々闘われている。
徳永何かの方法で死を捉えようと、いろんな網を持ってくるんですね。でも網の全部で捉えられた死は一つもないのです。死はいつでも網から逃げていく。網を放るなとは言いませんが、網があったら全て分かったかのように思うのは大きな落とし穴です。網に死はかからない。
「社会の定置網化」という言葉を先日思い付きました。教育の現場、死の現場さえも定置網が今どんどん仕掛けられていく。大事なのは、ガイドライン、マニュアル、アルゴリズムで事の運びを決めていくような社会では捉えきれないいのちが、同じように動いているということです。
定置網化する臨床や社会をどう捉えるか。患者さんたちにどのような方法で定置網から元の海に行ってもらうかが問われていると思います。
網に捉えられる必要はないと。
徳永一番大事なことは自分で動くということです。ところが動くのを規制することが多くなった。あっちへ、こっちへ行け。こうあるべきだ。全部指示、指令が出る。
当の死を迎える老人らはぎゅっとしている。「どうしたらいいんでしょう」と。そのまま施設に、ホスピスに送られたり、今は在宅だからと在宅になったり。主に行政、メディア、親戚、知識を持った人たちに引っ張られていく。
どの形の死でないといけないということはないのです。死は自由です。私たちは型を決めようとする。死の形について言い過ぎている。以前、樹木希林さんの宝島社の広告が反響を呼びました。「死ぬときぐらい好きにさせてよ」と。時代の中でこの一言が言えなかった。
家が捨てたもの、捨てようとしているものはいっぱいありますね。お産、育児、教育、食品、上下水道、老い、死、葬式。捨てた結果、人生の、そして死の味わいがぐんと落ちたのです。
死は我々に何を問い掛けているのでしょう。
徳永死ぬとき、本人はだいたい分かります。何がしたいですかと聞くと、自転車に乗りたい。元の職場に行ってみたい。食べ物も多いですね。そばが食べたい、みそ汁が吸いたい。道を歩きたいという人もいました。皆が死の前に願うのは日常のことなんです。歩くという普段当たり前のことが、もう奇跡の現象です。それができなくなる。死が一番訴えたいのは、あの日常を愛し、日常に感謝せよということなのです。 また死を前にするといろんな人が変わります。変わることをさげすんではいけない。「嫌い」が「好き」だったことに気付かされる。死によって価値観が大きく変わり人が成長することは頻繁にある。そういう意味で死は大切なもの。「死は宝」です。
高齢社会、多死社会が来て誰もが死が身近になる。
徳永時代が老人に傾いているでしょう。そこに予算をつぎ込むと、そちらにひっくり返るのは分かっています。年寄りを大切に、生き生きとする社会を、といいますが、金もないのに、思ってもいないのに。そういう言葉のきれいな社会は危ないのです。
20年前に亡くなった父は最期にこう言いました。「誰かそばにおってくれ」と。「そば」。これが大事です。寄り添うというとちょっと熱い。看護教育でもメディアでも「寄り添い」がはやるんですが、寄り添いまでしなくていい。そばにいることです。
宗教界も「寄り添う」がキーワードです。
徳永言葉がきれい過ぎて先に言葉が走り、実態が意外と遠のくのです。現場にいない人にとってはきれいな言葉ですが、いのち対いのちの現場にいる人にとっては「気持ちは分かるがちょっと待てよ」と皆、言っているんです。
きれいな言葉を言って、後で「知ーらない」と逃げることのできない人たちが現場にはいる。大事な言葉ですが、場面によっては圧力になったり本質を失ったりするので。
スピリチュアルな痛みをケアする臨床宗教師という制度があります。
徳永それは大事なことです。臨床宗教師がいてくだされば、死を前にした振り返りのきっかけになるかもしれません。目の前の人がただ医療だけで対応するのではなく、ちょっとほっとする世界を持っておられると思うと、死にゆく人には安らぎですね。最期に膨らみを持たせる工夫は、死の文化を豊かにする上でありがたいことです。
臨床宗教師の人たちが死の間際に話すのはなかなか難しいでしょうが、大きな力になるでしょう。ただ宗教師を生かすアイデアが医療者にはまだないんですね。東北の震災で大きな命を失った地域から生まれた臨床宗教師が、懐の大きなものとして育ったらいいなと思います。
ご自身の信仰は。
徳永母はクリスチャンでした。私は特定の信仰はありませんが、山折哲雄さんの「万物生命教」が好きですね。信徒の一人ですと以前、申し上げたら、はははと笑っておられましたが。
信仰を持つ人の最期について思われることは。
徳永死後にどこに行くかを自分の中に疑わずに持っておられると、信仰は一つの力だなと感じます。
信仰を持つ方は少し穏やかな感じをお持ちです。私たちの出番が少し薄くなり、宗教にやられたかと思いますね(笑い)。安らかな死をどうしたら届けられるか。宗教が支えになる場合もあるし、違うものの場合もある。何だろうと今も考えますね。 |
雅談
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