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転載元 沖縄タイムス プラス様
精神障がい者を自宅の一室や敷地内の小屋などに閉じ込める「私宅監置」の跡が、沖縄本島北部に現存していることが分かった。社会防衛の名目で、沖縄では1972年の日本復帰まで公認された制度で、狭い「座敷牢(ざしきろう)」に長年にわたって追いやられ、人権を踏みにじられた人々が大勢いた。
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要談「琉球 沖縄県」
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こんにちは、ゲストさん
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転載元 沖縄タイムス プラス様
精神障がい者を自宅の一室や敷地内の小屋などに閉じ込める「私宅監置」の跡が、沖縄本島北部に現存していることが分かった。社会防衛の名目で、沖縄では1972年の日本復帰まで公認された制度で、狭い「座敷牢(ざしきろう)」に長年にわたって追いやられ、人権を踏みにじられた人々が大勢いた。
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私宅監置についてですが、自宅の一室を監禁(監置)部屋にしたり、又は自宅敷地内に小屋を建てて監禁(監置)部屋にする。これでも悲惨な状況でありますが、豚小屋(沖縄は便所と一体)の隣であったり、なかにはガマ(洞窟)を監置場所にしていたという例もあります残酷極まりない事ですが・・・
当時は米軍支配下で琉球政府もままならず、人々の生活も戦後の貧困から抜け出せていない人が多く復帰後までしばらくの間、仕事や学校行くとき、街へ買い物の時は靴でも、自宅周辺では裸足、少し離れた処はゴム草履という人も居ました。復帰前後の学校の状況は、雨降った時教室内で傘をさして授業というのも珍しくはありませんでした。
地上戦と米軍支配が大きく影響していると思われますが、本土側の人たちに比べて精神疾患率が高い、第二の県と比べても沖縄は異常に患者が多いと、精神衛生に携わる
医師からよく聞きます。
私はキッチリとした数字を見た事ありませんが、戦後から現在まで非常に多いと言う事です。
監禁(監置)部屋に入れられた人は、比較的に症状が悪い人たちが入ったと思われます。
2018/6/18(月) 午後 3:26