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第二次世界大戦末期、本土防衛の捨て石とされ
住民を戦闘に巻き込んだ沖縄戦から73年。
那覇市から西へ約四十キロ、慶良間諸島の東端に位置する渡嘉敷島。 中央にある村役場に近い山裾に、その穴は残っている。
1945年3月23日から、同諸島を取り囲んだ数百の艦艇が空襲と艦砲射撃を始めた。
26日には座間味島に、27日には渡嘉敷島に米軍が上陸。
逃げ場を失った島の人々は山の中に集められ、軍の手りゅう弾を使い、肉親の間で手にかけていった。
本土決戦を覚悟した日本軍部が時間稼ぎのために沖縄を捨て石としたとされる戦闘。
県民の四人に一人が亡くなった「鉄の暴風」の中で、悲惨さを象徴する集団自決である。
イラク戦争開始から15年
日本人にも責任はあります。
今上天皇の意思の強さを感じる沖縄訪問の成功を祈っています。
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