エクセルシア Season 12

大震災 原発災害 東北を忘れない

放談 「貧困・差別・ホームレス」

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木版画作品Fritz Eichenberg作『炊き出しの列にならぶイエス』

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出典

【ホームレスの人たちは、助ける対象ではないのです。むしろ、共に働き苦労する仲間として描かれているのです。】・・・牧師、上内 鏡子さん。

フリッツ・アイヘンバーグの作品『炊き出しの列にならぶイエス』です。
木版画で線の荒い削り。背景は何も描かれていません。
よれよれのコートを着込んだ男たちが一列に並んでいて、皆下を向いています。
コートの襟を立てたり、ポケットに手を突っ込んだりしていて寒そうです。
マントを羽織ったイエスも列に並んでいます。
そして、イエスの後光がぼんやりとその列に並ぶ男たちを寂しそうに照らしています(http://www5b.biglobe.ne.jp/~okazaki/live/eichenberg.htmlなどを参照)。

 『希望の食卓』と類似したテーマで描かれていると思います。
主イエス・キリストは、最も蔑ろにされている人びとの間にいるというテーマです。
この絵を見たことがある人は、多いでしょう。
『釜ヶ崎と福音〜神は貧しく小さくされた者と共に〜』という本を書いた本田哲郎神父が、その著書の表紙として用いている作品だからです。

 「作者のアイへンバーグさんは、芸術家の鋭い眼で、いったい神さまはどちらの側にいるんだろう、
炊き出しをする側なのか、それともそれを受ける側か、
ということを考え、そして表現しています。
普通ならボランティアする側、助けてあげる側、お手伝いする側に、神さまがはたらいておられる、
とイメージしてしまう。
しかし、彼は『そうではない。神さまはむしろ、手助けを必要とするまでに、小さくされてしまっている仲間や先輩たちと共に立っておられるんだ』と見抜いたのです」
(「釜ヶ崎と福音〜神は貧しく小さくされた者と共に」本田哲郎著 岩波書店)。

 このように本田神父は、前述の著書のなかで語っておられます。
そして、絵の傍に、「小さくされた者の側に立つ神・・・・・・!サービスする側にではなく、サービスを受けねばならない側に、主はおられる」と、言葉が添えてありました。

 ホームレスの人たちは、助ける対象ではないのです。
むしろ、共に働き苦労する仲間として描かれているのです。
本田神父にとって、物事の発想の転換を迫られる一枚の絵だったことでしょう。

 この版画に対する本田神父の衝撃的な出会いを知り、ヴェラスコの描いた絵が、さらに深い意味を私の生きる視点へともたらしました。イエスは、小さくされ/貧しくさせられている人びとと共にいて、「助ける」のではなく、共にいて「苦しむ」ことを大切にしている、と。



ムハンマドもゴーダマ・ブッダも、親鸞も日蓮も同じようにしてきました。
それを受け継ぐ人たちが、必ずしも同じとは言えないのが今の世の中の現状です。

東日本大震災 東電と国による原発災害で被災された方々 避難されている方々も
ご近所さんも
同じ社会で共に生きる仲間だということなんでしょうね。



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