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連日多くの方が、3,22を検索して、ここを見ていただいています。
そこで、当方で編集した、関西青年平和文化祭の映像をリンクします。
どうぞご覧ください。ご訪問ありがとうございます。
2017年3月
https://www.youtube.com/watch?v=rA4nDOVOO-s
https://www.youtube.com/watch?v=rA4nDOVOO-s
当時の記事は以下からです。
1982年 昭和57年 3月22日 大阪市長居陸上競技場で 池田名誉会長を迎えて
第一回関西青年平和文化祭が開催されました。
今日はどちらかというと会員でない方や新入会の方々には いつも以上に解かり辛い記事だと思います。
関西創価学会発足30周年を記念し、関西青年部の代表10万人が集い 一大平和ページェントを挙行しました。
創価学会でいう文化祭は 学校で行うような展示や出店やイベントで構成したようなお祭りではなく
開催する県や方面などの代表が踊りや合唱 人文字 組体操 他様々な趣向の演目で
平和を訴え 文化を叫び 信仰の喜びを爆発させる祭典です。
仕事や学業 家庭や地域などでの活動と学会活動 演技の厳しい練習で若い青年を 実社会で人材に成長しゆく為の訓練の場にもなってきました。 現在は社会状況の変化と皆が皆参加できない状況を作るので
10年前を最後に大規模な文化祭は行われていませんので、文化祭運動と言ってもピンとこない人も沢山おられます。
さて 前述の関西・・文化祭の内容はまず14000人による最速4秒ごとに動く人文字の絵巻を背景に
合唱 鼓笛隊 音楽隊のドリル ジャズダンス 創作バレエ 群舞 人文字とナレーションによる関西創価学会30年の歩み 高等部 少年少女部中等部 組体操 といった演技が4万人の素人集団により
繰り広げられました。
私はこの時に少年少女部中等部の合同演技に出演させていただき、この時の信仰体験が私の原点になりました。
この文化祭の開催される三年前に当時の池田会長が辞任をよぎなくされ、そしてその後は反逆者や陰険な坊主により
池田名誉会長の悪口を聞かされ 池田名誉会長を聖教新聞に載せるな 先生と呼ぶな 会員の師匠ではないと全国の会員が嫌がらせを受け 寺から出ない坊主によって作られたわけはない創価学会の組織を
自分達の下に置く信徒にしようと企てられ、悔しい思いをした時期でした。
そもそも創価学会は坊主が指導して築き上げたのでなく、池田会長が実際に全国に足を運び指揮をとり
一人一人の激励と指導があって築かれた師弟関係の下に発展し、人間の連帯を構築してきたものであるので
池田会長の真実の姿を知る学会員は 自分達の師匠は池田先生だ となにがあろうともさらに対話に走り
平和運動 文化運動を展開しました。嵐の中に帆を張り民衆と障魔との真っ向勝負でした。
池田会長が辞任され真っ先に会長の下に参じたのが関西方面の幹部でした、そして同じ年から関西総会を開催し第三回総会に池田名誉会長が出席され、その時にこの文化祭の開催を申し出たのです。
世間では週刊誌やテレビなどで誹謗され続け、学会の指導者ではなくなったように喧伝されていた池田名誉会長を
関西の同志が私達の師匠は健在であり 創価学会はこれからも池田名誉会長のもと世界平和を目指すと
社会に大宣言する 反転攻勢とも言うべき大文化祭で関西から突破口を開こうという祭典でした。
その文化祭の最初の演目は 会長辞任の昭和54年から文化祭開催までの3年間に新しく関西で入会した25歳以下の青年部の代表一万人の行進で幕を開けました。その当日の天候は 前日のドチャブリの雨とはうってかわって雲ひとつ無い大晴天で温暖で無風で今でもはっきり覚えています。この年から16年さかのぼる昭和41年に甲子園球場で雨の文化祭と呼ばれる雨中で文化祭が行われました。社会的にも反響の大きかった感動的な文化祭でそれ以来の屋外で開催ということで、今度は絶対に雨を降らせてはいけないと関西中が一丸となって祈りまくりました。
文化祭の圧巻は男子3000名のよる組体操のクライマックスに人間の円塔で六段円塔を立ち上げるというものでした。
頂点はもちろん一人ですが基壇になる最下段は200人で支えるというもので、失敗して崩れてしまえば
頂点の人は軽くて重症と言われていましたが、練習・リハーサルを通して一度しか成功した事が無い中での本番でした。
この六段の人間円塔を立てる事で 学会の正義の象徴 弟子の決意の象徴 師匠健在なりと満天下に
訴える象徴となり 関西一円から出席した5500人の政財界 文化学術界 各国外交官 マスコミなどの来賓から絶賛の賛辞が寄せられました。文化祭では当時の長崎市長 広島市長も挨拶をされ池田名誉会長の世界平和に対する行動を賛嘆されておられます。その模様は2つのチャンネルで再放送も併せて数度テレビ放送されました。
この一ヶ月後には中部で そして大分 熊本 岡山 広島 秋田など各県で平和文化祭が開催され
9月には世界40カ国地域の創価学会インターナショルのメンバーが旧西武球場に集い
第二回世界平和文化祭が開催されました。
池田会長の辞任の前後の報道などで、残念ながら学会を退会された方も多くおられますが
創価学会丸の船は嵐を乗り越え暗雲を払い堂々と進み続け 退会された方々よりも多くの新しい
会員が生まれ 現在の中核を担う人達の多くはこの時期に入会された方です。
創価学会は人間の組織で 現実生活の中で人間同士が切磋琢磨している団体なので
そこに目を向けず そして輪の中を入って見ようともせず 中傷批判しても
号令だけで動いているのでなく 末端組織まですべてその現場で運営している顔の見える組織だけに
機会的な批判や 官僚的な目線で中傷などしても すぐに見破られてしまいます。
独善的で排他的に批判に耳を傾けないからなにがあっても強いのでなく
中傷批判の内容があまりにも 現実離れしすぎているからです。
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